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第八十六話:気づかない違和感

日常は、壊れる前ほど静かだ。

誰も気づかないまま、

少しずつズレていく。

言葉も、感情も、

ほんのわずかに噛み合わなくなる。

それでも人は――

それを「いつも通り」と呼ぶ。

朝。

教室。

いつも通りの光。

いつも通りのざわめき。

ラフリは席に座っていた。

ノートを開く。

ペンを持つ。

でも――

書くことは、特にない。

(……平和だな)

小さく息を吐く。

「おはよ、ラフリくん!」

アオイ。

今日も元気。

「……朝から元気だな」

「えへへ」

笑う。

自然な距離。

自然な会話。

その後ろで――

「サトウ、それ昨日出しただろ?」

タカハシの声。

「え? 出してないけど」

サトウが首を傾げる。

「いや出してたって。俺見たぞ」

「いやいや、出してないって」

軽い言い合い。

よくある光景。

ラフリも最初は気にしなかった。

でも。

(……あれ?)

ほんの少しだけ、引っかかる。

(サトウ、昨日……確かに出してたよな)

曖昧な記憶。

でも確かに見た気がする。

「まあいいや、後で確認する」

タカハシが流す。

それで終わる。

普通の出来事。

でも――

ラフリは、少しだけ眉をひそめた。

次の瞬間。

「ナカムラ、それ違うだろ」

イシカワ。

「は? 何が」

「今の問題、答え逆だって」

「いや合ってるだろ」

短い沈黙。

「……あれ?」

ナカムラが一瞬止まる。

「……ほんとだ」

小さく笑う。

「珍しいな、お前がミスるの」

「うるせえ」

軽い会話。

笑い。

全部、普通。

でも。

(……なんか)

ラフリは視線を落とす。

(噛み合ってない気がする)

説明できない。

でも確実にある違和感。

その時。

「ラフリ」

ユナ。

いつもの静かな声。

「さっきの、どう思う?」

「……さっき?」

「サトウとタカハシ」

ラフリは少し考える。

「……どっちも間違ってない気がする」

ユナは小さく頷く。

「そう」

それだけ。

でも。

その目は、少しだけ鋭い。

(……やっぱりか)

ラフリの中で、何かが引っかかる。

昼休み。

食堂。

ラフリ、ナカムラ、アオイ。

「今日なんか変じゃね?」

ナカムラが言う。

「何が?」

「いや、なんとなく」

アオイが首を傾げる。

「普通じゃない?」

「……まあな」

ナカムラはそれ以上言わない。

でも。

ラフリは分かる。

(こいつも感じてる)

言葉にできない違和感。

でもそれは、確かに広がっている。

放課後。

教室。

人はほとんどいない。

ラフリは帰る準備をしていた。

その時。

「ラフリくん」

アオイ。

「また明日ね!」

「……ああ」

手を振る。

ナカムラも帰る。

教室が、静かになる。

ラフリは一瞬だけ振り返る。

(……なんだろうな)

でも、答えは出ない。

そのまま、教室を出る。

――誰もいなくなった教室。

カツン。

小さな足音。

ユナが立っていた。

静かに。

そして――

「……いるんでしょ」

誰もいないはずの教室に向かって言う。

沈黙。

数秒。

そして。

「さすがだね」

声。

どこからともなく。

ユナは振り向かない。

「やりすぎ」

「まだ何もしてないよ」

「……嘘」

短い沈黙。

空気が、わずかに張り詰める。

「でもさ」

声が少しだけ楽しそうになる。

「あの子、面白いよね」

ユナは何も言わない。

ただ――

静かに、その言葉を受け止める。

「壊れるか」

「それとも――」

「ちゃんと育つか」

その言葉に。

ユナの目が、わずかに細くなる。

「……やめて」

小さく、低い声。

「それ以上は」

沈黙。

そして――

「怖いなあ」

軽く笑う声。

次の瞬間。

気配が消える。

完全に。

ユナはしばらく動かなかった。

やがて。

小さく息を吐く。

「……最悪」

誰にも聞こえない声。

夕焼けが、教室を赤く染めていた。

違和感は、小さく始まる。

誰も気づかないほどに。

だがそれは、確実に広がっていく。

気づいた時には、もう遅い。

そして――

その“ズレ”を作り出している者は、

未だ名前すら与えられていない。

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