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第八十話:ズレ始めた距離

人の心が壊れる時、

それは突然じゃない。

ほんの少しの違和感が、

積み重なって――

気づいた時には、

もう元には戻れなくなっている。

午後の授業。

教室は静かだった。

黒板にチョークの音が響く。

規則正しく、一定のリズム。

誰も騒がない。

誰もふざけない。

ただ、授業が進んでいく。

その中で。

アオイはノートを取っていた。

ペンは動いている。

文字も整っている。

一見、いつも通り。

でも――

ほんの少しだけ。

力が強い。

カリッ。

紙にペン先が引っかかる。

インクが、わずかににじむ。

(……また)

小さく息を吐く。

消しゴムで消す。

でも、跡が残る。

(なんでこんなミス……)

たったそれだけのこと。

普段なら、気にも留めない。

でも。

今は違う。

(……ちゃんとやってるのに)

“外に出始めるズレ”

「ここ分かる人いるか?」

先生の声。

教室に、少しの間。

沈黙。

一人、手が上がる。

ミサキ。

「はい」

答える。

正確。

迷いもない。

「正解だ」

先生が頷く。

その瞬間。

小さな拍手。

「さすが」

「やっぱり」

アオイの手が止まる。

(……また)

ノートの文字が、歪む。

まっすぐだった線が、少しずれる。

(……どうせ)

気づけば。

口が動いていた。

「……簡単じゃん、それ」

小さな声。

でも――

静かな教室では、はっきり聞こえた。

一瞬。

空気が止まる。

ミサキが振り向く。

少しだけ驚いた顔。

「え……?」

周りの視線が集まる。

アオイ自身も、止まる。

(……あ)

言った。

今、言った。

戻せない。

「……別に」

視線を逸らす。

ペンを握る。

「そのくらい、普通でしょ」

空気が、微妙に変わる。

“小さな亀裂”

「……そうかな?」

ミサキが小さく返す。

困ったような笑顔。

「私、ちょっと悩んだよ?」

その言葉。

柔らかい。

責めていない。

でも。

(……ほら)

「悩んだ“フリ”でしょ」

また、口が動く。

止まらない。

「どうせできるくせに」

今度は、はっきり。

教室が静まる。

さっきよりも。

深く。

ミサキの表情が、少しだけ曇る。

周りの空気も変わる。

誰も、すぐには何も言わない。

(……なんで)

アオイの胸がざわつく。

(なんで、こんな空気になるの)

“ラフリの介入(失敗)”

ラフリは立ち上がった。

今度は、迷わなかった。

「アオイ」

声をかける。

視線が集まる。

「ちょっと言いすぎだろ」

シンプルな言葉。

正しい。

でも――

アオイの目が揺れる。

一瞬だけ。

そして。

細くなる。

「……は?」

「別に事実言っただけだけど」

その声。

少しだけ鋭い。

「何?あんたまでそういう感じ?」

空気が、一気に張り詰める。

ラフリは一瞬、言葉を失う。

(……違う)

思っていた反応と違う。

(こんなはずじゃ)

「いや、そういう意味じゃなくて――」

「じゃあどういう意味?」

被せられる。

逃げ場がない。

“届かない言葉”

ラフリは口を閉じる。

言葉を探す。

でも――

出てこない。

理由が説明できない。

感覚だけでは、伝わらない。

「……」

沈黙。

その間に。

空気は、さらに冷える。

「……もういい」

アオイが小さく言う。

ノートを閉じる。

今度ははっきりと。

強く。

ガタン。

椅子が音を立てる。

そのまま、席を立つ。

教室のドアへ向かう。

誰も止めない。

止められない。

バタン。

ドアが閉まる音。

“残されたもの”

静寂。

さっきまでの空気は、もうない。

ミサキは何も言わない。

ただ、少しだけ俯く。

周りも、気まずそうに視線を逸らす。

ラフリは、その場に立ったまま。

(……失敗した)

はっきりと分かる。

助けようとした。

でも。

逆効果だった

拳を握る。

(……なんでだ)

その時。

視線を感じる。

ゆっくり振り向く。

ローズがいた。

静かに。

こちらを見ている。

そして。

ほんの少しだけ。

微笑んだ

たった一言。

たった一つの感情。

それだけで――

人との距離は、簡単にズレていく。

戻せるはずだった。

止められるはずだった。

それでも――

少年の言葉は、届かなかった。

そして物語は知る。

“正しさだけでは、人は救えない”ということを。

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