第七十六話:壊れる前に
分かってきた気がしていた。
少しだけ、近づけた気がしていた。
でも――
それはまだ、“勘違い”だったのかもしれない。
昼休み前。
教室の空気が、わずかにざわついていた。
小さな違和感。
誰も大きくは騒がない。
でも――
(……来る)
ラフリの背筋に、冷たい感覚が走る。
ノートの文字が頭に浮かぶ。
『ナカムラ:外的要因+感情変化』
『接触タイミング不明』
視線が、教室をなぞる。
ナカムラ。
窓際。
誰かと話している。
(……あれだ)
ほんの一瞬。
背の低い男子。
何かを言っている。
聞こえない。
でも――
ナカムラの表情が変わる。
わずかに。
ほんの少しだけ。
(……まずい)
—> “今回こそ間に合うはずだった”
ラフリは立ち上がる。
早く。
今度こそ。
「ナカムラ――」
声をかけようとした、その瞬間。
「……は?」
ナカムラの声。
低い。
空気が変わる。
周囲がざわつく。
男子が一歩下がる。
ナカムラの肩が震えている。
(……もう遅い?)
心臓が跳ねる。
でも――
止まらない。
今度こそ。
—> ぶつかる瞬間
ナカムラが机を掴む。
ガンッ!!
持ち上げる。
教室が凍る。
「ナカムラ!!」
ラフリが叫ぶ。
ナカムラの動きが、一瞬止まる。
その目が、ラフリを見る。
揺れている。
完全に壊れてはいない。
(……まだ間に合う)
ラフリは一歩踏み出す。
ゆっくり。
慎重に。
「……やめろ」
低く言う。
ナカムラの呼吸が荒い。
「近づくな」
声が震えている。
でも――
拒絶だけじゃない。
(……怖がってる)
ラフリは止まらない。
「もういい」
「いいわけねえだろ!!」
叫び。
机が揺れる。
今にも振り下ろされそうだ。
—> “言葉を捨てる選択”
ラフリは気づく。
(言葉は……ダメだ)
今まで全部、失敗した。
だから――
ラフリは、何も言わなかった。
そのまま、ナカムラの前まで歩く。
距離がゼロになる。
周囲がざわつく。
「おい……危ねえって……」
誰かの声。
でも――
ラフリは止まらない。
—> “止め方が変わる”
ナカムラが机を振り上げる。
その瞬間。
ラフリは手を伸ばした。
机じゃない。
ナカムラの腕でもない。
—> 肩を掴んだ
強く。
でも、押さえつけない。
ただ――
「ここにいる」みたいに。
ナカムラの目が見開かれる。
完全に予想外。
動きが止まる。
数秒。
呼吸の音だけが響く。
ラフリは何も言わない。
ただ、見ている。
逃げない。
逸らさない。
ナカムラの腕が震える。
力が抜ける。
ガタンッ……
机が落ちる。
音が、教室に響く。
—> “ギリギリの成功”
ナカムラが、その場に崩れた。
肩を震わせている。
「……くそ……」
小さな声。
怒りじゃない。
悔しさ。
恐れ。
全部混ざっている。
ラフリは手を離さない。
でも、何も言わない。
数秒。
ナカムラが小さく呟く。
「……なんでだよ」
ラフリは答えない。
答えられない。
ナカムラは顔を覆う。
「……止まった」
その一言。
小さく。
でも――
確かに。
—> “見ている者”
教室の後ろ。
ゼータが立っている。
静かに。
無表情で。
その光景を見ている。
ほんのわずかに。
目が細められる。
(……へえ)
そんな風に見えた。
—> ノート(初めての前進)
放課後。
ラフリはノートを開く。
手はまだ少し震えている。
書く。
ナカムラ
・暴走直前で停止可能
・言葉 → 不要
・接触 → 有効(タイミング重要)
ペンが止まる。
そして――
ゆっくり書き足す。
『初めて、間に合った』
ラフリは小さく息を吐く。
「……まだ足りない」
でも。
—> ゼロじゃない
壊れる直前。
その一瞬に手を伸ばすこと。
それは――
簡単なことじゃない。
少年はようやく掴む。
“間に合う”という感覚を。
それでもまだ、
救えたわけじゃない。
ただ――
壊れる前に、止められただけだ。
物語は、確かに前へ進み始める。




