第七十五話:見えていなかったもの
人の感情には、理由がある。
怒りにも、拒絶にも。
でも――
それを“外側”から理解することは、簡単じゃない。
放課後。
ラフリは、一人で歩いていた。
足が、無意識に校舎裏へ向かう。
理由は分からない。
ただ――
(あいつ、あそこにいる気がする)
そんな感覚だけだった。
校舎裏。
人気はない。
風が、少し強い。
そして――
ナカムラがいた。
壁にもたれて、座っている。
ラフリは、少し距離を取って止まった。
声をかけるか、迷う。
(……また失敗するかもしれない)
その考えがよぎる。
足が、止まる。
「……来てんじゃねえよ」
先に声が来た。
ナカムラは顔を上げない。
ラフリは一瞬、息を詰まらせる。
でも――
帰らなかった。
そのまま、少し離れた場所に座る。
何も言わない。
沈黙。
風の音だけが流れる。
数十秒。
やがて――
ナカムラが小さく舌打ちした。
「……なんなんだよ、お前」
ラフリは答えない。
答えがない。
しばらくして。
ナカムラがぽつりと呟いた。
「……あいつらと同じ目、してた」
ラフリの眉がわずかに動く。
「……昨日」
ナカムラは続ける。
「見てただろ」
拳を握る。
「俺のこと」
声が低い。
でも――
震えている。
ラフリはゆっくり口を開く。
「……見てた」
否定しない。
ナカムラは小さく笑った。
乾いた笑い。
「だよな」
視線を落とす。
「分かってんだよ」
「……?」
「俺がヤバいってことくらい」
その言葉。
ラフリは何も言えない。
—> 断片(過去のにじみ)
ナカムラは地面を見たまま言う。
「前にもあったんだよ」
ぽつり。
「こういうの」
ラフリの心臓が、強く鳴る。
「……家で」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
風が強く吹く。
「……親父がキレてさ」
声が低くなる。
「物投げて、壁ぶっ壊して」
拳が、さらに強く握られる。
「止めようとして――」
沈黙。
数秒。
「……俺も、同じことした」
その一言で、十分だった。
全部は語られない。
でも――
—> 何があったのかは分かる
ラフリは視線を落とす。
(……だからか)
怒り。
暴走。
—> “知らないもの”じゃなかった
—> 自分への拒絶
ナカムラは笑う。
でも、その顔は歪んでいる。
「結局さ」
空を見上げる。
「同じなんだよ、俺」
その言葉が、重く落ちる。
「だから関わんな」
ラフリを見ないまま言う。
「近くにいると……またやる」
沈黙。
—> ラフリの“まだ足りない理解”
ラフリは考える。
(止めないと)
(でも、どうやって)
(言葉はダメ)
(近づくのもダメ)
(じゃあ――)
答えが出ない。
まだ、足りない。
それでも。
ラフリは小さく言った。
「……逃げるのか」
その一言。
ナカムラの目が、鋭くなる。
「……あ?」
空気が、一瞬で変わる。
ラフリも気づく。
(……違う)
でも、遅い。
—> 小さな再失敗(言葉の選択ミス)
ナカムラは立ち上がる。
「ふざけんな」
低い声。
怒りが、戻る。
「逃げてんのはどっちだよ」
一歩、近づく。
ラフリは動けない。
「分かったような口きいてんじゃねえ」
睨みつける。
「何も知らねえくせに」
そのまま、肩をぶつけて通り過ぎる。
去っていく。
ラフリはその場に残る。
(……まただ)
拳を握る。
(俺は……まだ)
—> 何も分かってない
—> 遠くからの“視線”
少し離れた場所。
建物の影。
ゼータが立っていた。
無言で、見ている。
ラフリとナカムラ。
そのやり取りを。
その目は――
ほんの少しだけ、楽しんでいるようだった。
—> ノート(変化の兆し)
夜。
ラフリはノートを開く。
書く。
ナカムラ
・過去に類似の暴力経験
・自己否定強
・接触=恐怖
→“止める”ではなく
→“繰り返させない”
ペンが止まる。
そして、ゆっくり書き足す。
『理解不足』
ラフリは小さく呟く。
「……まだ足りない」
でも――
昨日とは違う。
—> “分からない理由”が、少し見えた
怒りには、理由がある。
拒絶にも、過去がある。
少年はようやく触れる。
その“見えていなかったもの”に。
だが――
理解したつもりの言葉は、
また一つ、距離を広げる。
それでも。
彼はまだ、手を離さない。
物語は、少しだけ前へ進む。




