第七十四話:触れれば、壊れる
踏み込めば届くと思っていた。
近づけば、何かが変わると信じていた。
でも現実は――
触れれば壊れる距離がある。
昼休みが終わる頃。
教室の空気は、昨日よりも悪かった。
誰も大きな声を出さない。
笑い声もない。
ただ――
「……あいつ、またキレるんじゃね?」
小さな囁き。
「関わらない方がいいって」
ヒソヒソとした声が、教室の端で広がる。
ラフリの耳に入る。
(……やめろよ)
視線が、自然とナカムラの席へ向く。
空席。
(……まだ来てない)
胸の奥がざわつく。
—> “もう一つの崩壊”
ガラッ。
ドアが開く。
ナカムラが入ってきた。
教室の空気が、一瞬で固まる。
視線。
沈黙。
ナカムラは何も言わず、自分の席に座る。
でも――
「……」
誰も近づかない。
距離が、はっきりとできている。
見えない線。
ラフリはそれを見て、歯を食いしばる。
(……このままだと)
—> 孤立が固定される
—> 3回目の失敗(最悪の形)
ラフリは立ち上がった。
迷いはあった。
でも、止まらない。
ナカムラの席へ向かう。
「ナカムラ」
声をかける。
ナカムラは反応しない。
「……無視すんなよ」
少しだけ強く言う。
その瞬間。
ナカムラの肩がピクリと動く。
ゆっくり顔を上げる。
その目は――
昨日より、冷たかった。
「……何回言わせんだよ」
低い声。
ラフリは言葉を続ける。
「このままだと――」
バンッ!!
机が叩かれる。
教室が震える。
「うるせえっつってんだろ!!」
立ち上がる。
椅子が倒れる。
誰かが小さく悲鳴を上げる。
ナカムラの呼吸が荒い。
目が揺れている。
「俺に構うなって言ってんだよ!!」
一歩、踏み出す。
ラフリに向かって。
(……まずい)
その空気。
—> 昨日と同じ“直前”
ラフリの体が強張る。
でも――
動けない。
何も、言えない。
(……また……)
—> “止めたのはラフリじゃない”
「やめなよ」
その声。
横から。
ナカムラの動きが止まる。
視線がずれる。
そこには――
ヨヨ。
静かに立っている。
表情は穏やか。
でも、その目は冷たい。
「ここでまたやるつもり?」
軽い口調。
でも、刺さる。
ナカムラの拳が震える。
数秒。
やがて――
「……ちっ」
舌打ち。
そのまま椅子を蹴って、教室を出ていった。
ドアが乱暴に閉まる。
静寂。
—> 崩れる自尊心
ラフリはその場に立ち尽くしていた。
心臓がうるさい。
(……俺じゃない)
今、止めたのは――
—> 自分じゃない
拳が震える。
(俺は……何してた)
助けようとして。
間に合わせるって言って。
結果は――
—> 悪化させただけ
視線が下がる。
床を見る。
(……俺がいなければ)
その考えが、よぎる。
—> “気づきの前段階”
「ラフリ」
声がする。
顔を上げる。
ヨヨが立っていた。
じっと見ている。
何も責めない。
何も言わない。
ただ――
「……やり方、間違ってるよ」
静かな一言。
ラフリの胸に落ちる。
「……」
言い返せない。
ヨヨは少しだけ首を傾ける。
「近づきすぎ」
それだけ言って、席に戻った。
—> 何もできなかった一日
放課後。
教室は静かだった。
ナカムラは戻ってこなかった。
ラフリは席に座ったまま。
ノートを開く。
ペンを持つ。
書く。
ナカムラ
・接触拒絶(極)
・刺激で再暴走の可能性
→ラフリの介入=悪化要因
ペンが止まる。
(……悪化要因)
その言葉が、重い。
(俺は……)
目を閉じる。
息が詰まる。
—> もう一つの違和感(強化)
ふと。
窓の外に視線を向ける。
校舎裏。
誰かが立っている。
ゼータ。
腕を組んで、壁にもたれている。
こちらを見ている。
その目は――
まるで、何かを“観察”しているようだった。
ラフリは眉をひそめる。
でも。
すぐに視線を外した。
(……今はそれどころじゃない)
近づけば届くと思っていた。
でも、違った。
触れれば――
壊れる距離がある。
少年は知る。
“正しさ”だけでは、
人は救えないことを。
そして――
まだ、何も掴めていないことを。
物語は、さらに深く沈んでいく。




