第七十三話:拒絶の温度
人は簡単には変わらない。
手を伸ばしたところで、
その手を取ってくれるとは限らない。
それでも――
伸ばさなければ、何も始まらない。
朝。
教室は、妙に静かだった。
誰も昨日のことを口にしない。
でも、忘れているわけじゃない。
視線だけが、語っている。
――ナカムラ
ラフリは席に座ったまま、ノートを開いていた。
『ナカムラ:外的要因+感情暴走』
その文字を見つめる。
(……まだ終わってない)
視線を上げる。
ナカムラは、教室の隅。
椅子に深く座り、顔を伏せている。
誰も近づかない。
距離。
拒絶。
空気の壁。
(……行くしかない)
ラフリは立ち上がった。
—> 接触①(完全な拒絶)
「ナカムラ」
声をかける。
一瞬で、教室の空気が止まる。
ナカムラはゆっくり顔を上げた。
濁った目。
「……なんだよ」
ラフリは一歩近づく。
「昨日のこと――」
その瞬間。
「やめろ」
低く、重い声。
空気が冷える。
「その話、すんな」
ラフリは止まらない。
「でも――」
ガンッ!!
机が蹴られる。
教室に響く音。
「うるせえって言ってんだろ!!」
ナカムラの声が、鋭く響く。
周囲が一斉に身を引く。
誰かが息を呑む。
ラフリの足が止まる。
ナカムラは立ち上がった。
「関係ねえだろ」
一歩、近づく。
「昨日のことも、俺も――」
睨みつける。
「全部、お前には関係ねえ」
その言葉が、胸に突き刺さる。
ラフリは何も言えなかった。
空気が重い。
誰も動かない。
ナカムラは舌打ちして、視線を逸らした。
「……来んなよ、もう」
ラフリは、ゆっくり下がるしかなかった。
(……違う)
席に戻る。
拳が震える。
(今のは……)
—> ただ踏み込んだだけだ
—> 理解しようとしてない
—> 接触②(距離を変えても失敗)
昼休み。
ラフリは少し距離を取って、再び近づいた。
ナカムラは窓際に立っている。
「……これ」
パンを差し出す。
ナカムラはちらっと見る。
沈黙。
数秒。
「……いらねえ」
短い一言。
視線も向けない。
ラフリはそのまま手を下ろす。
(……届かない)
言葉も。
行動も。
全部、弾かれる。
ナカムラはぼそっと言う。
「優しさごっこ、やめろよ」
ラフリの心臓が止まりかける。
「見ててイラつく」
その一言で、全部が崩れる。
ラフリは何も言えない。
何もできない。
ただ立っているだけ。
やがて、ナカムラはその場を去った。
—> 崩れる内側
教室の外。
ラフリは廊下の壁にもたれた。
(……なんでだよ)
呼吸が浅い。
(ちゃんと見てた)
(考えた)
(間に合わせようとした)
それでも――
—> 何も変わらない
拳を握る。
(俺は……また……)
脳裏に浮かぶ。
昨日の光景。
倒れた生徒。
赤。
そして――
『もっと早く来いよ』
その言葉。
胸が締め付けられる。
「……くそ」
小さく吐き出す。
(何が足りないんだよ)
答えが出ない。
—> 小さな違和感(伏線)
その時。
廊下の奥。
誰かが立っていた。
ゼータ。
壁にもたれ、静かにこちらを見ている。
表情は変わらない。
ただ――
ほんのわずかに。
口元が、歪んだ気がした。
ラフリは一瞬だけ視線を向ける。
でも。
すぐに逸らした。
気にする余裕なんて、なかった。
—> まだ何も始まっていない
放課後。
教室は静かだった。
ナカムラはいない。
ラフリは席に座ったまま、ノートを開く。
ペンを持つ。
でも――
書けない。
(……分からない)
何をすればいいのか。
どうすれば届くのか。
全部、分からない。
しばらくして。
ようやく、書く。
ナカムラ
・接触拒絶(強)
・直接的言及=逆効果
・善意も拒絶
→原因:不明
ペンが止まる。
(……違う)
小さく、首を振る。
(分かってないだけだ)
でも。
その「分からなさ」が――
重く、のしかかる。
届かない言葉。
拒まれる手。
少年は初めて知る。
“助けたい”という想いだけでは、
人は救えないことを。
それでも――
諦めるには、まだ早すぎる。
物語は、まだ“失敗”の中にある。




