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第七十一話:遅すぎた数秒

たった数秒。

それだけで――

世界は簡単に壊れる。

守ると決めたはずなのに。

間に合うと信じていたのに。

それでも現実は、

少年に容赦なく牙を向ける。

走っている。

ただ、それだけだった。

廊下を駆け抜ける。

階段を飛ばす。

息が焼けるように熱い。

(ナカムラ……!)

頭の中で、ノートの内容が反響する。

――昼休み前

――教室の空気の違和感

――視線

――沈黙

全部、繋がっている。

「間に合え……!」

足がもつれそうになる。

それでも止まらない。

ドアが見えた。

教室のドア。

その向こうで――

ガンッ!!

鈍い音。

ラフリの心臓が止まりかける。

「……っ!!」

勢いよくドアを開けた。

その瞬間――

空気が凍りついた。

教室の中央。

ナカムラが立っている。

その手には――

倒れた机の脚。

そして、その前には――

倒れている生徒。

「……は……?」

誰かの声が震える。

床に広がる、赤。

息が詰まる。

ラフリの視界が揺れる。

(……遅かった……?)

たった、それだけの事実が。

胸の奥を、ぐしゃぐしゃに引き裂く。

「ナカムラ……!」

ラフリは叫んだ。

ナカムラがゆっくり振り向く。

その目は――

濁っていた。

「……なんだよ」

低い声。

感情が壊れている。

「なんで……今なんだよ」

一歩、近づく。

「もっと……早く来いよ……」

その言葉が。

ラフリの胸を、深く抉った。

「俺は……!」

言葉が出ない。

ナカムラの手が震える。

「もう……止まれなかったんだよ」

机の脚が、カランと落ちる。

静かな音。

誰も動けない。

誰も、何も言えない。

ただ――

空気だけが重く沈んでいく。

ラフリは一歩踏み出した。

震える足で。

「……大丈夫だ」

誰に言っているのか分からない。

「まだ……終わってない」

でも。

その言葉は、誰にも届かなかった。

クラスメイトの視線。

怖れ。

距離。

あの時と同じ目。

――拒絶。

ラフリの手が、わずかに震える。

(また……同じ……?)

違うはずだった。

今回は違うと。

ちゃんと見ていた。

ちゃんと考えた。

なのに――

「……くそ」

小さく、呟く。

ナカムラはそのまま座り込んだ。

顔を覆っている。

何も言わない。

ラフリはゆっくり振り向く。

教室。

全員が、沈黙している。

壊れた空気。

戻らない時間。

その中で――

たった一つだけ、はっきりしていた。

(俺は……遅かった)

たった数秒。

それだけで。

一人を、守れなかった。

ラフリは目を閉じる。

胸の奥が、痛い。

でも。

逃げない。

「……次は」

小さく呟く。

「間に合う」

その声は、震えていた。

でも――

消えてはいなかった。

放課後。

屋上。

風が強く吹いている。

ラフリはフェンスにもたれた。

ノートを開く。

震える手。

ページに書かれた文字。

――ナカムラ

――昼前の沈黙

――視線

――机

そして――

小さく書かれた一行。

『チャイム前、誰かがナカムラに話しかけた』

ラフリの瞳が揺れる。

「……これだ」

思い出す。

ほんの一瞬。

見ていたはずの光景。

でも――

深く考えなかった。

「俺は……また見落としたのか……」

拳を握る。

紙がぐしゃりと音を立てる。

その時。

カツン。

小さな足音。

振り向く。

そこには――

ローズが立っていた。

夕焼けを背に。

静かに微笑んでいる。

「大変だったね」

柔らかい声。

まるで何も知らないような顔。

ラフリは何も言わない。

ただ、見つめる。

ローズは一歩近づいた。

「でも、不思議だよね」

首を少し傾ける。

「どうして、あのタイミングで来れたの?」

その言葉に。

空気が一瞬、凍る。

ラフリの心臓が強く鳴る。

ローズは微笑んだまま続ける。

「まるで――」

ほんの一瞬。

視線が鋭くなる。

「知ってたみたい」

沈黙。

風の音だけが響く。

やがてローズはくすっと笑った。

「冗談だよ」

そして背を向ける。

「またね、ラフリ」

足音が遠ざかる。

ラフリは動けなかった。

ただ――

確信していた。

(こいつは……)

喉が乾く。

言葉にならない。

でも。

一つだけ、はっきりしている。

(もう、間違えない)

ノートを強く握る。

「次は――」

夕焼けの中で。

ラフリは小さく呟いた。

「絶対に、先に動く」

たった数秒の遅れ。

それは、取り返しのつかない結果を生む。

少年はまた一つ知る。

「間に合わなかった現実」を。

それでも――

彼は止まらない。

次こそは。

次こそは。

そう願いながら。

物語は、さらに深い絶望へと進んでいく。

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