第七話 孤独な男、父になることを学ぶ(改訂版)
生きる意味なんて、
もうどこにもなかった。
彼女——ユナがいない世界で、
息をしている理由なんて、
見つからなかった。
一度はすべてを終わらせようとした。
娘さえ手放して、
静かに消えてしまおうとした。
けれど——
できなかった。
彼女が、
そんな未来を望むはずがないと
分かっていたから。
あの時、
あの声が、
あの温もりが、
確かに俺を引き止めた。
だから俺は、今日も生きている。
父として生きることを、
一歩ずつ学ぶために。
「お父さん、起きて! 遅刻しちゃうよ!」
ミヤコの声で、
静かな朝が現実に引き戻される。
「……分かった、今起きる」
重たい身体を起こし、
ベッドから降りる。
その前に——
必ずやることがある。
壁に飾られた、一枚の写真。
そこに映るのは、
優しく微笑む少女——ユナ。
時間が止まったままの笑顔。
「……おはよう」
小さく、声をかける。
返事は返ってこない。
それでも、
この挨拶だけは、
毎日欠かさない。
それが、
俺がまだ壊れていない証だから。
朝食を作る。
ミヤコの髪を整える。
忘れ物がないか確認する。
そして車で学校へ送る。
それが今の——
俺の役目。
校門で手を振るミヤコを見送り、
俺はそのまま車を走らせる。
目的地は決まっていない。
ただ——
思い出をなぞるように。
公園。
カフェ。
帰り道。
笑い声があった場所。
手を繋いだ場所。
喧嘩して、
そして仲直りした場所。
全部、
彼女と生きていた証。
——十二年前。
ユナはミヤコを産んだ。
けれどその体は、
もう限界だった。
出産のあと——
彼女は、
帰ってこなかった。
あの日、
俺の世界は終わった。
呼吸の仕方さえ分からなくなって、
立つことすらできなくなって、
ただ、
空っぽのまま時間だけが過ぎていった。
ミヤコを隣人に預け、
俺は命を絶とうとした。
すべてを終わらせるために。
けれどその夜——
夢を見た。
暗闇の中で、
彼女が立っていた。
あの日と同じ笑顔で。
あの日と同じ声で。
そして、
そっと俺に触れて言った。
『それは、私が望んだ未来じゃない』
その言葉は、
涙と一緒に胸に落ちた。
彼女は、
ミヤコを俺に託した。
『この子を、お願い』
その温もりで、
俺は目を覚ました。
息をするように泣きながら、
俺は走った。
必死に。
ミヤコの元へ。
抱きしめたその小さな体は、
温かくて、
そして——
彼女にそっくりだった。
だから、決めた。
俺は、
この子の父になると。
完璧じゃなくてもいい。
強くなくてもいい。
それでも——
この子の隣に立ち続けると。
夕方、校門前。
「お父さーん!」
小さな足で走ってくるミヤコが、
助手席に飛び込む。
「おかえり」
「ただいま!」
その一言が、
この世界に残された、
たった一つの温もり。
「ねえ、お父さん」
「ん?」
「お母さんって、
強くて優しい人だったの?」
その問いに、
俺は少しだけ目を細めた。
「ああ」
ゆっくり、頷く。
「お父さんよりずっと強くて——
ずっと優しくて、
すごい人だった」
少しだけ沈黙。
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
ミヤコは窓の外を見ながら言った。
「友達がね、
自分の両親のこと自慢してたの。
でも私……
お父さんしかいないから……」
その声は、
少しだけ寂しそうで。
俺は、
そっと彼女の頭を撫でた。
「大丈夫だ」
優しく、でもはっきりと。
「お前は誇っていい」
「ユナはな、
お父さんの百倍——
お前を愛してた」
そして——
「お父さんは、
その何倍も、お前を愛してる」
ミヤコは少し驚いた顔をして、
そして小さく笑った。
その笑顔は——
やっぱり彼女に似ていた。
家に帰る。
玄関を開ける。
静かな空間。
彼女はいない。
それでも——
ここは確かに、
俺たちの「家」だ。
今日も俺は学び続ける。
父になるということを。
愛し続けるということを。
失ってもなお、
生きていくということを。
たとえ彼女がいなくても——
彼女が残してくれた愛は、
確かにここにある。
この胸の中で、
そして——
ミヤコの笑顔の中で。
「※本話は物語の一貫性のために加筆・修正を行いました」




