第6話 転校生ローズと、歪み始める視線
転校生という存在は、 時に教室の空気そのものを変えてしまう。
たった一人が現れるだけで、 人の視線も、空気も、感情も、 ゆっくりと形を変えていく。
けれど――
その変化が“運命”そのものを揺らしているのだと、 この時のラフリは、まだ知らなかった。
ただ一つだけ、 胸の奥で小さな警鐘が鳴っていた。
――あの少女は、危険だ。
理由なんて分からない。 証拠もない。
それでも本能だけが、 静かに叫び続けていた。
「ローズさん、あそこの席に座ってください」
ヤド先生の低い声が教室に響く。
指差された席は―― ユナの隣だった。
「はい」
銀色の髪を揺らしながら、 転校生の少女――ローズは静かに歩き出す。
その動きは綺麗すぎた。
まるで最初から、 “そう見えるように作られている”みたいに。
教室中の視線が集まる。
「本当に可愛い……」 「芸能人みたい……」
ざわめきが広がる中、 ローズは自然な笑みを浮かべながら席へ腰を下ろした。
「よろしくね」
柔らかな声。
ユナは少し驚いたように瞬きをして、 小さく笑った。
「う、うん。よろしく」
普通の会話。 普通の空気。
……なのに。
(なんだ、この感じ)
ラフリの胸の奥だけが、 妙にざわついていた。
ローズが笑うたび、 心のどこかが警戒する。
まるで、 何かが壊れる前兆を見ているような感覚。
その時だった。
ローズがふと、 こちらへ視線を向けた。
ぱちり、と。
綺麗な瞳がラフリを映す。
「ねえ」
突然、声をかけられる。
「……え?」
「あなた、ユナの友達?」
不意打ちの質問。
ラフリは一瞬だけ言葉に詰まり、 曖昧に答えた。
「……まあ、そんなところ」
本当は違う。
友達なんて簡単な言葉じゃ、 今の関係を説明できない。
守りたい。
失いたくない。
何度壊れても、 何度繰り返しても。
そんな感情を、 “友達”なんて言葉では誤魔化せない。
だが―― それを言えるはずもなかった。
「ふぅん」
ローズは目を細める。
観察するような視線。
その瞬間、 ラフリの背筋を冷たいものが走った。
「ラフリ?」
ユナが不思議そうに顔を覗き込む。
「あ、いや……なんでもない」
誤魔化すように視線を逸らす。
すると近くの男子が笑った。
「お前さっきから転校生ガン見しすぎだろ」
「確かに」
クラスの空気が少し緩む。
だが―― ローズだけは笑っていなかった。
彼女は静かに立ち上がると、 ゆっくりラフリの方へ歩いてくる。
一歩。
また一歩。
距離が近づくたび、 妙な圧迫感が増していく。
そして――
ローズはラフリの机へ軽く手を置いた。
「ねえ」
その声は、 他の誰にも聞こえないほど小さい。
「あなたって――」
一瞬だけ間を置く。
そして、 ゆっくり微笑んだ。
「すごく怖がってる顔してるよ」
心臓が止まりそうになった。
まるで。
自分の中を覗かれたみたいだった。
(なんでだ……?)
どうして、 初対面のはずの相手に、 こんなにも見透かされている気がする。
ラフリは無意識に拳を握る。
その時だった。
カチ――
教室の時計が、 一瞬だけ止まった。
誰も気づいていない。
だがラフリだけは見た。
秒針が、 ほんの一瞬だけ逆回転したのを。
「……っ」
視界が揺れる。
脳裏に、 燃える車の光景がよぎった。
炎。
雨。
ユナの血。
「ラフリ?」
ユナの声で現実へ引き戻される。
気づけば、 ローズがすぐ目の前に立っていた。
彼女は静かに笑っている。
優しく。
穏やかに。
――なのに怖い。
「大丈夫?」
その声は、 本当に心配しているようにも聞こえた。
だからこそ、 余計に分からなくなる。
この少女は、 敵なのか。
それとも――
もっと別の何かなのか。
昼休み。
ラフリは一人で廊下を歩いていた。
頭の中が整理できない。
ローズの視線。
時計の逆回転。
胸の奥の違和感。
全部が繋がりそうで、 でも繋がらない。
その時。
窓ガラスに、 一瞬だけ“誰か”が映った。
赤い瞳。
銀色の髪。
振り向く。
誰もいない。
「……なんなんだよ」
小さく呟いた瞬間――
後ろから声がした。
「見えてるんだ?」
振り返る。
そこには、 ジュースを持ったローズが立っていた。
ラフリの喉が鳴る。
ローズは小さく首を傾げた。
「ねえ、ラフリくん」
そして。
まるで秘密を共有するみたいに、 楽しそうに笑った。
「あなたって…… 本当に“今回”が初めて?」
世界が、 一瞬だけ静止した気がした。
転校生ローズ。
彼女は笑う。
優しく。 綺麗に。 まるで本物の天使みたいに。
けれど――
その笑顔の奥にあるものを、 ラフリはまだ知らない。
そして、 ローズもまた確信し始めていた。
ラフリが、 “普通ではない”ということを。
運命は、 静かに歪み始めている。
誰にも気づかれないまま。
ゆっくりと。 確実に。




