第5話『知らない君と、笑う薔薇』
二度目のループ。
今度こそ――
ユナは、死ななかった。
確かに、この目で見届けた。
炎は上がらず、
車も壊れず、
彼女は無事に帰っていった。
……なのに。
胸の奥に残る不安だけが、
どうしても消えてくれなかった。
まるで世界そのものが――
まだ終わっていないと、囁いているみたいに。
家の扉を開けた瞬間――
「おかえりーっ!!」
勢いよくユメが飛び込んできた。
「フリお兄ちゃん! どこ行ってたの!? あと体調ほんとに大丈夫!?」
「質問多いな……」
ラフリは苦笑しながら靴を脱ぐ。
だが今日は、不思議と気分が軽かった。
ユナが生きている。
たったそれだけで、
世界が少しだけ優しく見えた。
「まあ……ちょっと人助けしてた」
「人助け?」
「ああ。昔の作戦を使ってな」
そう言って、ラフリはポケットから古びたノートを取り出した。
表紙には幼い字で、
『世界征服極秘作戦ノート
フリ&ユメ』
と書かれている。
ユメの目がきらきら輝く。
「懐かしいー!! まだ持ってたんだ!」
「いや、偶然見つけて――」
「で? どの作戦使ったの?」
「……パンク大作戦」
数秒の沈黙。
そして次の瞬間。
「お母さーーん!!
フリお兄ちゃんが車パンクさせたーー!!」
「おい待てぇぇぇ!?」
遅かった。
バタバタと足音が響き、母が現れる。
「……ラフリ?」
「違うんだ母さん、深い事情が――」
「警察案件じゃないでしょうね?」
「違います」
結局、十分ほど説教された。
だが不思議と、悪い気分ではなかった。
怒られているのに、
どこか安心している。
こんな普通の日常が、
まだ壊れていないことに。
部屋へ戻ったラフリは、そのままベッドへ倒れ込んだ。
天井を見上げながら、小さく呟く。
「……でも、終わったわけじゃない」
脳裏に浮かぶ名前。
レディ・ローズ。
あの男たちは確かに言っていた。
『レディ・ローズの命令だ』
偶然とは思えない。
もし本当に誰かがユナを狙っているなら――
事故を一度防いだ程度で、終わるはずがない。
ラフリはゆっくり目を閉じる。
「また何か起きたら……」
その時は。
何度でもやり直す。
何度壊れても、
何度絶望しても。
ユナを守れるなら。
「フリお兄ちゃーん! お風呂空いたよー!」
階下からユメの声が響いた。
「はいはい、今行く!」
その声に少しだけ笑いながら、ラフリは立ち上がった。
――そして翌朝。
「……なんか今日のお兄ちゃん、機嫌よくない?」
朝食を食べながら、ユメが不思議そうに聞いてくる。
「まあな」
味噌汁も美味い。
空気も穏やかだ。
今日はきっと、平和な一日になる。
――そう思っていた。
教室の扉を開ける。
「おはよう!!」
元気よく挨拶した瞬間――
教室が静まり返った。
「……?」
奇妙な沈黙。
やがて、セラが気まずそうに口を開く。
「ラフリ……」
「ん?」
「ズボンのチャック、開いてるよ?」
「…………」
ラフリはゆっくり視線を下げた。
開いていた。
「うわああああああああっ!!」
教室が爆笑に包まれる。
ヨヨは机を叩きながら笑い、
トワケは涙を流していた。
「朝から主人公ムーブ強すぎるでしょ!」
「うるさい!!」
顔を真っ赤にしながら席へ向かう。
最悪だ。
せっかくの平和な気分が全部吹き飛んだ。
そして席に座り――
ラフリは隣を見る。
そこには、ユナがいた。
黒髪。
赤い瞳。
昨日、自分が救った少女。
胸が少しだけ高鳴る。
「……おはよう、ユナ」
だが。
ユナは冷たい視線を向けたまま、静かに言った。
「……あなた、誰?」
その瞬間。
胸の奥が、わずかに痛んだ。
当然だ。
このループでは、
まだ彼女と深く関わっていない。
覚えられていなくても、おかしくない。
ラフリは無理やり笑みを作る。
「ラフリ。……ごめん、昔の知り合いにちょっと似てたから」
適当な言い訳。
だが――
その瞬間だけ。
ユナの瞳が、かすかに揺れた。
まるで何かを思い出しかけたように。
「……そう」
それだけ言って、彼女は窓の外へ視線を戻した。
ラフリは小さく息を吐く。
(……まだ、遠いな)
その時だった。
ガラッ――
教室の扉が開く。
担任のヤドが入ってきた。
「今日は転校生を紹介する」
教室がざわめく。
「入ってこい」
ゆっくりと扉が開いた。
そして――
銀色の髪を揺らしながら、一人の少女が姿を現す。
完璧だった。
モデルのように整った顔立ち。
上品な笑み。
まるで最初から、人を魅了するために作られた存在。
少女は優雅に微笑み、軽く頭を下げた。
「はじめまして♪
レディ・ローズです」
教室が一瞬で騒然となる。
「あの有名女優!?」
「え、マジで本物!?」
「可愛すぎだろ……!」
だが。
ラフリだけは、笑えなかった。
ユナが、小さく呟く。
「……ローズ?」
その声音は、
まるで昔の知り合いを見るようだった。
そして。
ローズの視線が、ゆっくりと動く。
真っ直ぐ。
ラフリへ向かって。
にこり、と。
完璧な笑顔。
なのに――
背筋が凍った。
まるで。
最初から全部知っているみたいに。
まるで。
ラフリがループしていることさえ、知っているみたいに。
ユナは、生きている。
それなのに――
世界の不穏さだけは、消えなかった。
運命は終わっていない。
むしろ静かに、
新しい歪みを生み始めている。
そして現れた、一人の少女。
薔薇のように美しく。
薔薇のように危険な存在。
レディ・ローズ。
彼女の笑顔の奥に隠されているものを、
まだ誰も知らない。
ただ一つ確かなのは――
この出会いが、
新たな悲劇の始まりになるということだけだった。




