第4話 子供じみた作戦が世界を救う日
もしも、もう一度やり直せるなら。
もしも、間違える前に戻れるなら。
それでも人は、 正しい選択をできるのだろうか。
答えは、まだ分からない。
だがこの日、 ラフリは――
天才ではなく、 ただの少年として選択をする。
「どうして……まだ助けてくれないの?」
その声は、 すぐ耳元で囁かれた。
ラフリは動けなかった。
目の前には、ユナが立っている。
責めているわけじゃない。 怒っているわけでもない。
ただ―― 悲しそうだった。
「ラフリ……遅いよ」
その瞬間、 ユナの身体に細かなひびが入る。
血ではない。
光でもない。
まるでガラス細工みたいに、 静かに、崩れていく。
「待っ――」
視界が白く染まった。
☆
ラフリは勢いよく身体を起こした。
荒い呼吸。 冷たい汗。
見慣れた天井。
自分の部屋。
窓から差し込む朝日。
震える手で、 机の上のカレンダーを見る。
入学初日。
「……また、戻ったのか?」
屋上じゃない。
事故の後でもない。
もっと前。
――最初の朝だ。
コンコン。
「お兄ちゃん? 起きてる?」
ドアが開く。
そこに立っていたのは―― なぜかメイド服姿のユメだった。
ラフリは数秒、 無言のまま彼女を見る。
「……なんでそれ着てるんだよ」
「今日から高校生でしょ? 応援イベント♪」
「応援の方向性が迷子すぎるだろ」
「可愛いから問題なし!」
ユメはくるりと回る。
スカートがふわりと揺れた。
いつもなら、 ラフリも軽く笑って返していた。
けれど今日は、 そんな余裕がない。
ユメが不思議そうに首を傾げる。
「お兄ちゃん、顔死んでるよ?」
「……寝不足」
もちろん嘘だ。
眠れてなんかいない。
頭の中では、 何度もユナが死んでいた。
ユメが部屋を出ていく。
静かになった部屋で、 ラフリは椅子に腰を下ろした。
ノートを開く。
震える手で、 これまでの情報を書き出していく。
・一回目:タイヤパンク → 事故
・二回目:パンク阻止 → 別方向から事故
・共通点:白いバン
・謎の言葉:「レディ・ローズ」
ペンが止まった。
「……俺って、そんな頭良くないんだよな」
小さく呟き、 机に額をぶつける。
成績は普通。
推理だって、 飛び抜けて得意なわけじゃない。
もっと頭の良い奴なら、 もう答えを見つけてるのかもしれない。
失敗したら、 またユナが死ぬ。
その事実だけが、 胸を重く締め付けていた。
「……何も思いつかねぇ」
その時だった。
コトッ。
足元に何かが落ちる。
ラフリはゆっくり拾い上げた。
古いノート。
表紙には、 子供っぽい落書きがびっしり描かれている。
『世界征服極秘作戦ノート
フリ&ユメ』
「……懐かし」
小学生の頃、 ユメと一緒に作った馬鹿みたいなノートだ。
ページをめくる。
『アイス屋さんがチョコ少なかった時の復讐計画』
『母に怒られた後の心理戦作戦』
くだらない。
本当にくだらない。
ラフリは思わず苦笑した。
だが――
あるページで、 手が止まる。
『こっそりタイヤ作戦』
目的: 意地悪な近所の子の自転車を一時使用不能にする。
その下には、 幼い字でこう書かれていた。
1.本体を狙うな。
2.移動手段を止めろ。
3.時間より前に動け。
4.見られるな。
ラフリはしばらく黙り込んだ。
そして――
「……これ、今の状況と同じじゃないか」
ゆっくりと立ち上がる。
胸の奥の重さが、 ほんの少しだけ軽くなっていた。
天才じゃない。
でも、 昔の自分たちは無駄に発想力だけはあった。
「借りるぞ。 ガキの頃の悪知恵」
☆
その日、 ラフリは学校へ向かわなかった。
向かったのは、 通学路の外れ。
あの白いバンが現れた場所。
草むらに身を潜め、 息を殺す。
しばらくして――
白いバンが現れた。
男たちが降りる。
周囲を警戒している。
ラフリは地面を見る。
小さな釘。
前回は、 これを拾った。
だが事故は起きた。
なら今回は――
“本体を狙うな。移動手段を止めろ。”
ラフリは数本の釘を握る。
タイミングを待つ。
男たちの視線が逸れた瞬間―― 走った。
心臓が爆発しそうだった。
震える手で、 タイヤに釘を押し込む。
プシュゥ……
空気が抜ける音。
一本。
二本。
そして最後の一本を刺した瞬間、 ラフリはすぐ草むらへ飛び込んだ。
数分後。
男たちが戻ってくる。
「は?」
パンク。
怒号。
焦り。
飛び交う舌打ち。
誰かが慌てて電話をかけ始める。
その間に――
黒い車が通り過ぎた。
ユナの車。
衝突は起きない。
炎も上がらない。
ただ静かに、 道路の向こうへ消えていく。
ラフリはその場に座り込んだ。
「……成功、した」
笑えなかった。
全身の力が抜けていく。
ただ、 胸の奥だけが熱かった。
「小学生の作戦…… 意外と役に立つんだな」
帰り道。
大型ビジョンにニュース映像が流れていた。
『若手女優、レディ・ローズ――最新ドラマ出演決定』
ラフリの足が止まる。
画面に映る少女。
美しい赤い瞳。
胸元には、 赤薔薇のブローチ。
レディ・ローズ。
あの男が口にした名前。
『レディ・ローズの命令だ』
偶然なのか。
それとも――
その瞬間。
画面の中の彼女が、 ゆっくりとこちらへ視線を向けた気がした。
背筋が冷える。
事故は止めた。
だが――
本当に、 これで終わったのか?
強い風が吹く。
ラフリは静かに拳を握った。
「まだ…… 終わってないのか」
子供の頃の落書き。
笑われるような作戦。
それでも、 誰かを守れるのなら。
それはきっと、 間違いなんかじゃない。
だが世界は甘くない。
一つの選択が未来を救っても、 別の影が静かに動き始める。
そして少年は、 まだ知らない。
本当の戦いは―― これから始まるのだということを。




