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第六十二話:優しさの裏側

人は弱い。

だからこそ、誰かに優しくできる。

だが――

その弱さを知っている者がいれば、

優しさは簡単に“刃”へと変わる。

それに気づいた時には、もう遅い。

昼休み。

教室はいつもより少しだけ騒がしかった。

だが、その空気の中に、

わずかな違和感が混じっていることに気づく者はほとんどいない。

「ねえ、ナカムラくん」

柔らかい声。

ローズだった。

彼女は机に軽く手をつきながら、

自然な笑顔でナカムラを見ている。

「……なに?」

ナカムラは少しだけ警戒した様子で答える。

「この前のテスト、すごかったね」

「え?」

「数学、満点だったでしょ?」

ナカムラは目を見開いた。

「……なんで知ってる?」

「たまたま先生が話してるの聞いちゃって」

ローズはくすっと笑う。

「努力してる人って、やっぱりすごいよね」

その言葉に、

ナカムラの表情がわずかに揺れる。

(……努力)

その言葉は、

彼にとって特別だった。

「……別に、大したことじゃない」

そっけなく言う。

だが、その声にはわずかな硬さがあった。

ローズはそれを見逃さない。

(やっぱり)

(ここが“刺さる”)

少し離れた場所。

ラフリはその様子を見ていた。

(……なんだ?)

ただの会話。

普通のやり取り。

それなのに――

なぜか引っかかる。

「ラフリ」

ユナが隣で声をかける。

「どうしたの?」

「……いや」

ラフリは視線を戻す。

「なんでもない」

だが、胸の奥のざわつきは消えない。

再び、ナカムラとローズ。

「ねえ」

ローズが少し声を落とす。

「昔から、ずっと勉強頑張ってたの?」

ナカムラの手が止まる。

ほんの一瞬。

「……まあな」

短く答える。

「親が厳しくてさ」

軽く笑う。

だがその笑いは、

どこかぎこちない。

(……やめろ)

なぜか、ラフリの中で警鐘が鳴る。

理由は分からない。

だが――

これ以上、聞かせたくない。

「すごいね」

ローズは優しく言う。

「ちゃんと応えてるんだ」

その言葉。

それは称賛のはずだった。

だが。

ナカムラの目が、わずかに揺れる。

(“応えてる”……?)

その言葉が、

過去の記憶を引きずり出す。

夜遅くまで机に向かう日々。

間違えた時の叱責。

「なんでできないんだ」

「期待してるんだぞ」

「お前ならできるはずだ」

「……別に」

ナカムラは視線を逸らした。

「好きでやってるわけじゃねえよ」

空気が、少しだけ変わる。

ローズは微笑む。

ほんのわずかに。

誰にも気づかれないほど小さく。

(いい流れ)

「そっか」

軽く頷く。

そして、何気ない調子で続ける。

「でもさ」

少し間を置く。

「無理してるなら、やめてもいいんじゃない?」

その一言。

それは――

優しさの形をした言葉。

だが。

ナカムラの中で、それは違った意味を持つ。

(やめてもいい?)

(……そんなこと)

許されるわけがない。

「……関係ねえだろ」

声が少しだけ強くなる。

周囲が一瞬静かになる。

「ナカムラ……?」

誰かが戸惑う。

ローズは驚いたような顔をする。

完璧な演技。

「ごめん……そんなつもりじゃ」

少し俯く。

弱々しい声。

その瞬間。

空気が一気に変わる。

「おい、ナカムラ」

タカハシが言う。

「言いすぎだろ」

「そうだよ、ローズ困ってるじゃん」

(……違う)

ラフリは気づく。

(これは……)

ナカムラは黙る。

拳を握りしめている。

だが、何も言い返せない。

ローズは小さく首を振る。

「ううん、私が悪いの」

微笑む。

「ちょっと踏み込みすぎちゃった」

完璧だった。

被害者としての立ち位置。

周囲の共感。

ナカムラの孤立。

(……やられてる)

ラフリの背中に冷たいものが走る。

(これ、全部……)

(最初から狙って……?)

ローズがふと視線を上げる。

そして。

ラフリを見る。

一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ。

その目は――

笑っていなかった。

(……こいつ)

確信する。

(わざとだ)

だが。

証拠はない。

止める理由もない。

ラフリは動けない。

ただ見ていることしかできない。

ナカムラは席に戻る。

何も言わず。

誰とも目を合わせず。

教室の空気は元に戻る。

笑い声。

会話。

日常。

だが。

確実に何かが壊れていた。

それは小さな出来事だった。

誰も傷ついていないように見える。

ただの会話のすれ違い。

ただの感情のぶつかり。

だが――

その裏側で、

一人の少女が、

確実に“人の心”を動かしていた。

優しさを使って。

弱さを暴いて。

関係を壊していく。

そして少年は、まだ知らない。

これはただの始まりに過ぎないことを。

次に壊れるのが誰なのか――

それすら、まだ見えていない。

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