第六十話:見え始めた輪郭
気づくことは、
強くなることじゃない。
ただ――
逃げられなくなるだけだ。
見えてしまった違和感は、
もう“気のせい”では済まされない。
そして少年は、
初めて“敵”の存在を意識し始める。
朝。
教室。
ラフリは席に座ったまま、何も書かれていないノートを見ていた。
(……昨日の続き)
頭の中で、何度も場面を再生する。
ナカムラのプリント。
ローズの動き。
図書室。
会話。
全部が――
小さい。
小さすぎる。
でも。
(全部、繋がってる気がする)
ペンを握る。
ゆっくり書く。
・ローズ → プリント操作?
・ナカムラ → 偶然じゃない可能性
・図書室 → “知ってる動き”
手が止まる。
「……証拠がない」
小さく呟く。
(でも)
視線を上げる。
ローズを見る。
(あいつ、何かやってる)
確信に近い“違和感”。
その時。
「ラフリ」
横から声。
ナカムラだった。
「……なんだ」
「ちょっといいか」
いつもより少し真面目な顔。
ラフリは小さく頷く。
廊下。
人の少ない場所。
ナカムラが壁にもたれながら言う。
「昨日のことなんだけどさ」
ラフリの心臓が少し早くなる。
「……ああ」
「お前、なんか知ってるよな」
直球だった。
逃げ場がない。
「……なんでそう思う」
ナカムラは肩をすくめる。
「勘」
少し間を置いて。
「でも外れてる感じしねえ」
沈黙。
ラフリは目を閉じる。
(どうする)
言うか。
隠すか。
「……全部は分からない」
やっと出た言葉。
ナカムラの目が少しだけ変わる。
「でも」
ラフリは続ける。
「何かがズレてる」
「誰かが、わざとやってる」
そこまで言って、止まる。
名前は出さない。
まだ確信がない。
ナカムラはしばらく黙る。
そして。
「……面白いな」
「は?」
予想外の反応。
ナカムラは少し笑う。
「じゃあさ」
顔を上げる。
「その“ズレ”、一緒に探すか?」
一瞬、思考が止まる。
(……一緒に?)
「お前一人じゃ無理だろ」
ナカムラはあっさり言った。
「見てて分かる」
その言葉が、妙に刺さる。
でも。
否定できない。
「……ああ」
小さく頷く。
それが――
ラフリにとって初めての“共有”だった。
教室に戻る。
その瞬間。
視線を感じる。
ローズだった。
じっとこちらを見ている。
(……バレたか?)
心臓が鳴る。
でも。
ローズはすぐに視線を外した。
何事もなかったかのように。
(違う)
ラフリは気づく。
(見られてるんじゃない)
(試されてる)
昼休み。
ユナが近づいてくる。
「ラフリ」
「……ん?」
「今日さ」
少しだけ迷う。
「放課後、一緒に帰らない?」
その言葉。
胸が少しだけ締まる。
(……本当は)
行きたい。
でも。
(今は)
視線を逸らす。
「……悪い」
また、同じ答え。
ユナの表情が一瞬だけ曇る。
「そっか」
それだけ。
でも。
その距離が、少しだけ広がった気がした。
その様子を。
ローズは見ていた。
(いいね)
心の中で呟く。
(孤立していく)
でも。
少しだけ首を傾げる。
(でも……完全じゃない)
ナカムラの存在。
それがノイズだった。
放課後。
校舎裏。
人の少ない場所。
ラフリとナカムラは立っていた。
「で?」
ナカムラが言う。
「何から見る」
ラフリは少し考える。
「……小さいとこからだ」
ノートを開く。
まだ雑なメモ。
「今日の違和感、全部書く」
ナカムラは少し笑う。
「地味だな」
「でも、それしかない」
ラフリは真剣だった。
その時。
少し離れた影。
ローズがいた。
静かに、二人を見ている。
(……なるほど)
目を細める。
(やっと気づいた)
でも。
遅い。
「でもいいよ」
小さく呟く。
「その方が楽しい」
スマホを取り出す。
画面には、
クラスの簡単な情報。
時間。
位置。
関係。
すべてが整理されている。
「次は」
ローズは微笑む。
「もう少しだけ、“ズレ”を増やす」
少年は初めて、
一人で戦うことをやめた。
それは弱さではなく――
変化の始まりだった。
だが。
相手はすでに、
何手も先を読んでいる。
小さな違和感は、
やがて大きな歪みへと変わる。
そしてその中心で、
二人の思考が静かにぶつかり始める。
――ゲームは、次の段階へ。




