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第五十九話:見えない糸

壊れる時、

それは突然じゃない。

小さな違和感。

些細なズレ。

気づかれないほどの“何か”。

それらが積み重なって――

気づいた時には、

もう逃げられない場所に立っている。

朝。

教室の空気は、いつも通りだった。

笑い声。

椅子の音。

ノートを開く音。

何も変わらない日常。

……のはずなのに。

(……違う)

ラフリは静かに周りを見ていた。

誰が来ているか。

誰がいないか。

誰がどこに座っているか。

(……見ろ)

頭の中で、自分に言い聞かせる。

(結果じゃなくて、その前を)

ペンを握る。

でも、ノートはまだ白いままだった。

(何を書けばいいんだ……)

分からない。

でも、目だけは動かす。

その時。

「おはよう、ラフリ」

ユナだった。

振り向く。

いつも通りの笑顔。

でもどこか、少しだけ距離がある。

「……おはよう」

短く返す。

少し沈黙。

そしてユナは言った。

「最近さ」

少し迷うように。

「なんか、変だよ?」

胸がわずかに痛む。

「……そうか?」

「うん」

小さく頷く。

「前より、ずっと遠い感じ」

その言葉。

逃げたくなる。

でも。

(向き合え)

ラフリは小さく息を吸う。

「……ちょっと考え事してるだけだ」

嘘じゃない。

でも、本当でもない。

ユナはじっとラフリを見る。

何か言いたそうに。

でも――

「そっか」

それだけ言って、視線を外した。

その一瞬の沈黙が、

妙に重かった。

その様子を、

少し離れた席から見ている視線があった。

ローズだった。

ペンを回しながら、

静かに観察している。

(距離ができてる)

心の中で呟く。

(でも、完全には切れてない)

小さく微笑む。

(いいね)

授業中。

ローズは何気なく手を挙げた。

「先生、プリント一枚足りません」

ヤドが眉をひそめる。

「本当か?」

「はい」

クラスがざわつく。

プリントを配り直す流れになる。

その時。

ローズは自然な動きで、

一枚のプリントを――

ナカムラの机の下に滑らせた。

誰にも見えない角度。

完璧なタイミング。

数分後。

「……あれ?」

ナカムラが声を出す。

「俺、プリント二枚あるんだけど」

クラスが少し笑う。

「お前ズルしてんじゃねーの?」

「してねえよ!」

軽い空気。

冗談。

でも。

ラフリの目が止まる。

(……なんで二枚?)

違和感。

小さすぎる違和感。

でも――

消えない。

(さっき……ローズが)

一瞬だけ思い出す。

でも。

確信はない。

(気のせいか……?)

視線を逸らす。

その“迷い”を――

ローズは見ていた。

(いい反応)

心の中で呟く。

(気づきかけてる)

でも。

まだ確信していない。

それが重要だった。

昼休み。

教室は少し賑やかだった。

ローズはユナの方を向く。

「ねえユナ」

「なに?」

「今日の放課後さ」

軽く笑う。

「図書室行かない?」

ユナは少し考える。

「いいけど……どうして?」

「ちょっと調べたいことあって」

自然な流れ。

違和感ゼロ。

「ラフリも来る?」

その一言。

ラフリの体がわずかに固まる。

(……図書室)

頭の中に引っかかる。

理由は分からない。

でも――

(何かある)

直感。

でも。

証拠はない。

「……行く」

短く答えた。

放課後。

図書室。

静かな空間。

ページをめくる音だけが響く。

ローズは本棚の間を歩く。

ゆっくり。

迷いなく。

その動きは、

まるで“知っている場所”みたいだった。

(……なんで)

ラフリはそれを見ていた。

(あいつ、初めてのはずだろ)

違和感。

また一つ増える。

その時。

ローズが一冊の本を手に取る。

「ねえ」

振り向く。

「こういうの、信じる?」

本を開く。

そこに書かれているのは――

“時間の繰り返し”の話。

心臓が強く鳴る。

「……知らないな」

ラフリは短く答える。

でも。

声が少しだけ硬い。

ローズはじっと見ている。

数秒。

沈黙。

そして――

「そっか」

小さく笑った。

でもその目は、

全く笑っていなかった。

その後。

帰り道。

ナカムラが隣に来る。

「なあ」

「……なんだ」

「お前さ」

少し間を置く。

「なんか隠してるだろ」

心臓が止まりかける。

「……は?」

「今日の動き、変だし」

ラフリは言葉を失う。

でも。

逃げるわけにはいかない。

「……ただの勘だ」

それだけ言う。

ナカムラは少しだけ黙る。

そして。

「……ならいいけど」

完全には納得していない顔だった。

少し離れた場所。

ローズはその会話を見ていた。

(なるほど)

静かに分析する。

(ナカムラはまだ知らない)

でも。

(もう少しで巻き込まれる)

そして。

ラフリを見る。

(やっぱり)

確信する。

「全部は知らない」

小さく呟く。

「でも」

少しだけ笑う。

「“未来”の欠片は持ってる」

目を細める。

「だから反応がズレる」

完璧な結論だった。

そして。

ローズは静かに背を向ける。

「じゃあ」

小さく呟く。

「もう少し、難しくしてあげる」

見えない糸は、

すでに張り巡らされている。

気づいている者もいれば、

まだ知らない者もいる。

だが確実に、

全員がその中にいる。

少年はまだ、

糸の全体を見ていない。

少女はすでに、

その全てを操り始めている。

そして――

物語は、

静かに歪み始めていく。

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