第五十七話:間違った守り方
守ると決めた。
もう失わないと決めた。
そのはずだった。
けれど――
正しい守り方を知らないままでは、
その決意すら、
誰かを傷つける刃になる。
朝。
教室。
ラフリは席に座りながら、何度も同じことを考えていた。
(……ナカムラを守る)
それが、今の最優先だ。
理由は分からない。
でも――
(あいつが鍵だ)
確信だけはあった。
横を見る。
ナカムラはいつも通り、だるそうに机に突っ伏している。
変わらない日常。
……のはずなのに。
(守らなきゃいけない)
その思いだけが、胸の奥で強くなっていく。
「……なあ」
小さく声をかける。
「ん……?」
ナカムラが顔を上げる。
眠そうな目。
「今日さ」
ラフリは少し迷ってから言った。
「一緒に帰らないか?」
ナカムラは一瞬だけ目を瞬かせる。
「は? 急にどうした」
「……いや、なんとなく」
誤魔化すように視線を逸らす。
ナカムラは少しだけ怪訝な顔をした。
「別にいいけど」
軽く肩をすくめる。
「どうせ暇だし」
その言葉に、ラフリは小さく息を吐いた。
(よし……)
その時。
「ラフリ」
声がかかる。
ユナだった。
振り向く。
「今日の放課後、少し時間ある?」
柔らかい声。
でもどこか期待を含んでいる。
一瞬だけ、言葉が詰まる。
(……本当は、行きたい)
胸が少し痛む。
でも。
「……悪い、今日は無理だ」
短く答えた。
ユナは少しだけ驚いた顔をする。
「そっか……」
ほんの一瞬だけ、
寂しそうに笑った。
その表情が――
胸に刺さる。
(……ごめん)
心の中で呟く。
でも。
(今は、こっちが先だ)
放課後。
空は少し曇っていた。
ラフリとナカムラは並んで歩く。
沈黙。
気まずい空気。
「……で?」
ナカムラが口を開く。
「なんか用あるんだろ」
ラフリは一瞬迷う。
言うべきか。
でも――
(守るなら、関わるしかない)
「お前さ」
少しだけ声を落とす。
「今日、どこ寄る予定あるか?」
「コンビニくらい」
「……変えろ」
「は?」
ナカムラが眉をひそめる。
「なんでだよ」
ラフリは言葉に詰まる。
理由を言えない。
説明できない。
「……いいから」
無理やり押し通そうとする。
ナカムラの表情が変わる。
「お前さ」
少し苛立った声。
「意味分かんねえんだよ」
空気がピリつく。
(……ダメだ)
ラフリは奥歯を噛みしめる。
(うまくいかない)
その時だった。
道の先。
見覚えのある白い車。
(……!)
心臓が跳ねる。
(来た……!)
ラフリはとっさにナカムラの腕を掴んだ。
「こっちだ!」
「は!? ちょっ――」
無理やり引っ張る。
路地へ。
息が荒くなる。
背後で車の音。
通り過ぎる。
何も起きない。
静寂。
「……はぁ……はぁ……」
ラフリは壁にもたれた。
(回避した……?)
そう思った瞬間。
「……お前さ」
低い声。
ナカムラだった。
振り向く。
その顔は――
怒っていた。
「なんなんだよ、さっきから」
腕を振り払われる。
「理由も言わねえで、勝手に引っ張って」
「俺、お前のペットじゃねえぞ」
胸に刺さる言葉。
「……違う、俺は――」
言いかけて、止まる。
(言えない)
未来の話なんて。
信じてもらえない。
「……は?」
ナカムラは苛立ちを隠さない。
「マジで意味分かんねえ」
そのまま背を向ける。
「もういいわ。帰る」
「待て――」
手を伸ばす。
でも。
止められない。
ナカムラはそのまま去っていった。
静寂。
ラフリは一人、立ち尽くす。
(……まただ)
胸の奥が、重くなる。
(守ろうとしただけなのに)
拳を握る。
「なんで……」
小さく呟く。
(どうして、うまくいかない)
その時。
ポケットの中でスマホが震えた。
ナカムラからのメッセージ。
『さっきの場所、やっぱコンビニ寄るわ』
目を見開く。
(……なんでだよ)
急いで走る。
息が切れる。
視界が揺れる。
そして――
コンビニ前。
人だかり。
嫌な予感。
「すみません、通してください!」
無理やり押し分ける。
そして――
見た。
ナカムラが倒れている。
頭から血。
意識がない。
(……遅れた)
足が震える。
(間に合わなかった)
世界が、少しだけ歪む。
少し離れた場所。
ローズが立っていた。
人混みの外。
静かに、その光景を見ている。
「……なるほど」
小さく呟く。
「やっぱり」
視線はラフリに向けられている。
「一人じゃない動きしてる」
でも。
口元がわずかに歪む。
「でもね」
小さく笑う。
「まだ、下手」
目を細める。
「守り方が雑すぎる」
そして。
静かに背を向ける。
「次はもう少し、優しく壊してあげる」
守るという選択は、
必ずしも正しい結果を生まない。
むしろ――
その未熟さが、
新しい悲劇を引き寄せることもある。
少年はまだ知らない。
守るためには、
力だけでは足りないことを。
そして少女は理解する。
少年が確実に変わり始めていることを。
だからこそ――
次は、もっと深く壊しにいく。




