第五十六話:一人じゃない選択
違和感は、確実に形になり始めていた。
ほんの少しのズレ。
ほんのわずかな違い。
それだけで――
未来は、大きく変わる。
そして今、
その“ズレ”の中心にいるのは――
ラフリだった。
朝。
教室。
いつも通りの光景。
……のはずなのに。
(違う)
ラフリは静かに目を細めた。
空気が。
流れが。
微妙に違う。
理由は分かっている。
(ローズが動いてる)
視線を向ける。
ユナの隣。
ローズは、いつも通り微笑んでいた。
でも――
(“いつも通り”が違う)
以前のループでは。
もっと自然に、もっとゆっくりと。
周囲に溶け込んでいた。
だが今回は違う。
(観察してる……俺を)
一瞬だけ。
ローズの視線がこちらに向いた。
すぐに逸らされる。
だが、その一瞬で分かる。
(確かめてるな)
ラフリは机の下で拳を握った。
(……一人じゃ無理だ)
その結論に至るのに、
時間はかからなかった。
頭脳は普通。
戦略も未熟。
経験はあっても、完璧じゃない。
(だったら――)
ラフリはゆっくりと視線を横に向けた。
そこにいるのは――
ナカムラ。
何の変哲もないクラスメイト。
……のはずだった。
だが。
(こいつだけ、少し違う)
ほんのわずか。
視線の動き。
反応の遅れ。
まるで――
「……なあ、ナカムラ」
小さく声をかける。
「ん?」
ナカムラが振り向く。
普通の顔。
でもその奥に――
(……引っかかりがある)
ラフリは一瞬迷う。
言うべきか。
言わないべきか。
でも――
(時間がない)
「お前さ」
少しだけ声を落とす。
「最近、変な夢とか見ないか?」
ナカムラは一瞬だけ固まった。
「……は?」
否定の声。
でも。
その“間”が答えだった。
「いや、なんかさ」
ラフリは軽く笑う。
「同じこと繰り返してる感じとか」
ナカムラの目が、わずかに揺れる。
沈黙。
数秒。
やがて。
「……あるけど」
小さく。
本当に小さく呟いた。
ラフリの心臓が強く鳴る。
(当たりだ)
「誰にも言ってないよな?」
「言えるわけないだろ……気持ち悪いし」
ナカムラは眉をひそめる。
「なんでお前が知ってんだよ」
ラフリは一瞬だけ目を伏せた。
そして――
「俺も見てる」
空気が止まる。
ナカムラが、じっとラフリを見る。
疑い。
困惑。
でも――
完全な否定はない。
「……マジで言ってる?」
「ああ」
ラフリは静かに頷いた。
「しかも、夢じゃない」
「……は?」
「現実だ」
その一言で、
ナカムラの表情が固まった。
その時。
「ラフリ」
声が響く。
ローズだった。
二人同時に振り向く。
「ちょっといい?」
柔らかい笑顔。
でもその目は――
鋭い。
(タイミングが良すぎる)
ラフリは立ち上がる。
「……なんだ」
ローズは少し近づく。
「最近さ」
小さく首を傾げる。
「ラフリって、ちょっと変だよね」
ナカムラが横で息を呑む。
ラフリは表情を崩さない。
「そうか?」
「うん」
ローズは微笑む。
「なんていうか……」
少し間を置く。
「“先を知ってる人”みたいな動きしてる」
――ドクン。
心臓が強く鳴る。
でも。
ラフリは笑った。
「考えすぎだろ」
軽く肩をすくめる。
「俺、そんな頭良くないし」
それは――事実だ。
だからこそ、
嘘に聞こえない。
ローズはじっと見つめる。
数秒。
沈黙。
やがて――
「……そっか」
小さく笑った。
でも。
その目は納得していなかった。
放課後。
教室。
ラフリとナカムラだけが残っていた。
「で……さっきの話」
ナカムラが小さく言う。
「マジなのか?」
「ああ」
ラフリは頷く。
「未来で、お前……死ぬ」
空気が凍る。
ナカムラの顔色が変わる。
「は……?」
「俺が、殺す」
沈黙。
理解が追いつかない顔。
当然だ。
でも。
ラフリは続ける。
「でも今回は違う」
拳を握る。
「絶対にそうならないようにする」
ナカムラはしばらく黙っていた。
やがて。
「……意味分かんねえ」
そう言いながらも、
視線は逸らさなかった。
「でも」
小さく続ける。
「さっきの夢……」
喉が少し震える。
「なんか、似たようなの見た」
ラフリは静かに頷く。
「だから頼む」
真っ直ぐ見る。
「少しでいい。力貸してくれ」
ナカムラは目を閉じる。
数秒。
考える。
そして――
「……分かったよ」
ため息混じりに言う。
「意味分かんねえけど」
「お前、ガチっぽいし」
ラフリの胸が、少しだけ軽くなる。
「ありがとう」
その一言は、
思っていたよりもずっと重かった。
夜。
別の場所。
ローズは一人、立っていた。
「……おかしい」
小さく呟く。
思い出すのは“夢”。
本来の流れ。
ラフリが孤立し、
追い詰められ、
壊れていく未来。
でも――
「違う」
目を細める。
「今回のラフリ……」
机に指を置く。
トン、と小さく叩く。
「一人じゃない動きしてる」
確信ではない。
でも。
明らかに違う。
「どうして?」
少しだけ眉をひそめる。
「夢では……そんなことなかったのに」
沈黙。
そして――
小さく笑う。
「ふふ」
「面白くなってきた」
その目は、わずかに輝いていた。
「じゃあ」
ゆっくりと呟く。
「もっと壊してみようか」
少年は初めて選んだ。
一人で抱え込まないという選択を。
それは弱さか。
それとも――
強さの始まりか。
一方で少女は気づく。
自分の知る未来が、
少しずつズレ始めていることに。
物語は、静かに歪んでいく。
誰も知らない方向へと。




