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第五十五話:違和感の正体

その日、教室の空気はどこかおかしかった。

ほんのわずかな違和感。

誰も気づかないくらい、小さなズレ。

でも――

ラフリだけは、それを知っていた。

これはただの“日常”じゃない。

これは――

“始まり直しの再現”だ。

そしてその中心に現れるのは、

必ず――あの少女。

教室の扉が開く。

「転校生を紹介する」

ヤド先生の声が響く。

その瞬間。

ラフリの指先が、わずかに震えた。

(来る……)

心臓が、ゆっくりと重く鳴る。

足音。

静かな一歩。

そして――

「ローズです。よろしくお願いします」

その声。

その響き。

その笑顔。

――間違いない。

(……レディ・ローズ)

ラフリは、ゆっくりと息を吐いた。

逃げない。

目を逸らさない。

今回は――違う。

「ローズさん、あそこの席に座ってください」

指された席。

ユナの隣。

(やっぱり……そこか)

未来と同じ配置。

変わらない始まり。

ローズは静かに歩き、席に座る。

「よろしくね」

柔らかな声。

ユナが少し驚きながら答える。

「う、うん……よろしく」

普通の光景。

何もおかしくない。

でも――

(全部、知ってる)

ラフリの胸の奥が、じわりと痛んだ。

笑っているユナ。

隣に座るローズ。

この距離。

この空気。

この時間。

(ここから壊れる)

その確信だけが、はっきりと存在していた。

授業が始まる。

チョークの音。

ノートをめくる音。

先生の声。

すべてが普通。

……のはずなのに。

ラフリの意識は、ほとんど後ろにはなかった。

前。

ユナと――ローズ。

二人の会話。

小さな笑い声。

(近い……)

距離が。

関係が。

未来が。

ラフリは小さく目を閉じた。

(落ち着け)

焦るな。

壊すな。

間違えるな。

前みたいに。

何もかもを――

失うな。

「ねえ」

不意に声がかかった。

ラフリは目を開ける。

ローズがこちらを見ていた。

「……俺か?」

「うん」

彼女は軽く微笑む。

「ラフリ、だよね?」

一瞬だけ、息が止まりそうになる。

(覚えてるわけじゃない……)

これは初対面だ。

この世界では。

「……そうだけど」

短く答える。

ローズは小さく頷いた。

「やっぱり」

そして、少しだけ目を細める。

「なんだか不思議な感じがして」

「……なにが?」

ラフリは自然を装って聞き返す。

心臓は、うるさいほど鳴っている。

ローズは少し考えてから言った。

「あなた」

ほんの一瞬、間を置く。

「すごく怖がってる顔してる」

――ドクン。

心臓が強く跳ねた。

クラスの誰も気づいていない。

でも。

その一言は――

まるで心の奥を直接触られたみたいだった。

「……別に」

ラフリは目を逸らす。

「普通だろ」

「そうかな?」

ローズはくすっと笑った。

その笑い方。

柔らかいのに。

どこか冷たい。

まるで――

観察しているみたいな目。

「ラフリ」

今度は別の声。

ユナだった。

振り向くと、少しだけ首を傾げている。

「さっきから、ぼーっとしてるけど……大丈夫?」

その声は、優しい。

何も知らない声。

「……ああ、大丈夫」

ラフリは小さく答える。

ユナは少し安心したように笑った。

「ならいいけど」

そのまま、軽く距離を詰める。

ほんの少しだけ。

肩が近い。

それだけで――

胸が締め付けられる。

(……この距離も)

(全部、失ったんだよな)

記憶が、よぎる。

血。

炎。

壊れた体。

「……っ」

ラフリは無意識に拳を握る。

それに気づいたのか、

ユナが小さく言った。

「ラフリ?」

「……なんでもない」

声が少しだけ、掠れていた。

放課後。

教室に残るのは三人。

ユナ。

ローズ。

そしてラフリ。

「ねえ」

ローズが静かに言う。

「少し散歩しない?」

「散歩?」

ユナが聞き返す。

「うん。学院、まだよく知らないから」

自然な誘い。

断る理由はない。

でも。

(……来るな)

ラフリの本能が警告する。

それでも――

「……行くか」

逃げない。

今回は。

絶対に。

学院の庭。

噴水の水音が静かに響く。

夕方の光。

人影は少ない。

「綺麗……」

ユナが小さく呟く。

ローズも頷く。

「いい場所だね」

そして。

ふと、ラフリを見る。

「ねえ、ラフリ」

「……なんだ」

ローズは少し首を傾げた。

「もしさ」

一瞬、間を置く。

「未来が分かる人がいたら」

空気が、わずかに変わる。

ラフリの呼吸が止まる。

ローズは続ける。

「それって――」

微笑みながら。

「幸せだと思う?」

沈黙。

水音だけが響く。

ラフリは答えない。

答えられない。

その代わりに――

ゆっくりと口を開いた。

「……呪いだろ」

その一言。

低く。

静かで。

重い。

ユナが少し驚いたようにラフリを見る。

ローズは――

じっと彼を見ていた。

数秒。

沈黙。

やがて。

「そっか」

そう言って、微笑む。

でもその目は――

笑っていなかった。

帰り道。

三人で並んで歩く。

空は少し暗くなり始めていた。

その時。

ローズが小さく言った。

「でもさ」

ユナが振り向く。

「なに?」

ローズは少しだけ笑う。

そして――

「ラフリって優しいよね」

「そうかな?」

ユナが言う。

ローズは軽く頷いた。

「うん」

そして。

ほんの少しだけ、声を落とした。

「まるで」

一瞬だけ。

ラフリを見る。

「絶対に誰かを失いたくない人みたい」

足が、止まりそうになる。

心臓が痛い。

見透かされている。

何もかも。

でも――

(まだだ)

(まだ、気づかれてない)

ラフリは静かに拳を握った。

夜。

誰もいない部屋。

窓の外には、静かな闇。

ローズは一人、立っていた。

「……変」

小さく呟く。

目を閉じる。

思い出すのは――

夢。

壊れた未来。

ラフリが崩れる光景。

自分が勝つはずの結末。

でも――

「違う」

目を開く。

「今回のラフリは……違う」

視線が、わずかに揺れる。

「まるで」

少し考えてから。

静かに言った。

「全部を知ってるみたいな動き」

沈黙。

そして。

小さく笑う。

「ふふ」

「ありえないよね」

そう言いながらも――

その目は、確信に近づいていた。

「でももし」

窓の外を見る。

暗い空。

「もし本当に――」

一瞬だけ、間を置く。

「未来を変えてるとしたら?」

その仮説は、

まだただの“想像”。

でも。

ローズの中で、

確実に形になり始めていた。

違和感は、まだ小さい。

確信には遠い。

けれど――

確実に近づいている。

見えないはずの真実に。

触れてはいけないはずの領域に。

少年は隠し続ける。

少女は気づき始める。

そしてその間で――

何も知らない少女が、笑っている。

次に壊れるのは、誰か。

それとも――

すべてか。

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