第四十三話:ささやきの形
朝。
教室の空気はいつも通りだった。
学生たちは席につき、授業の準備をしている。
笑い声もある。
雑談もある。
でも。
言葉というものは――
一度広がり始めると。
静かに形を変えていく。
ラフリは席に座っていた。
ノートを開いている。
でも。
視線は時々教室の中を動いていた。
誰がどこにいるのか。
誰がユナに近づくのか。
無意識に確認してしまう。
その時。
教室の後ろ。
数人の学生が小さく話していた。
ナツキが言う。
「ねえ」
「ラフリってさ」
ミサキが答える。
「なに?」
ナツキは少し考える。
「ユナのこと」
「ちょっと守りすぎじゃない?」
ミサキは肩をすくめた。
「まあ優しいんじゃない?」
ユイは小さく言う。
「でもさ」
「この前もタカハシと話してた時」
「すごい見てたよね」
ナツキは頷く。
「うん」
「なんか監視してるみたい」
その言葉で。
三人は少し黙る。
別に悪口のつもりではない。
ただの感想。
でも。
言葉は印象を作る。
その時。
ローズが近くの席から言った。
「ラフリは」
三人が振り向く。
ローズは優しく微笑んだ。
「きっと不器用なんですよ」
ミサキが聞く。
「不器用?」
ローズは頷く。
「誰かを守ろうとすると」
「周りが見えなくなる人っていますよね」
ユイは少し考えた。
「……あー」
ナツキも頷く。
「そういうタイプかも」
ローズは本を閉じた。
そして静かに言う。
「でも」
「ユナが少し困っているなら」
「誰かが言ってあげた方がいいかもしれませんね」
三人は顔を見合わせた。
その言葉は。
とても優しく聞こえる。
まるで。
ユナを心配しているかのように。
その頃。
ユナはラフリの隣でノートを書いていた。
そして小さく言う。
「ラフリ」
ラフリは顔を上げた。
「ん?」
ユナは少し迷いながら言う。
「最近さ」
「なんか……」
言葉を探す。
「周りすごく見てない?」
ラフリの眉が動く。
「そうか?」
ユナは頷く。
「ちょっとだけ」
「心配してくれてるのは分かるけど」
ラフリは少し黙った。
そして小さく言う。
「……別に」
でも。
その時。
耳の奥で。
残響。
『……遅い』
ラフリの視線が動く。
『守らないと』
『また失う』
声はすぐに消えた。
ラフリは教室を見渡す。
ミサキ。
ユイ。
ナツキ。
タカハシ。
ナカムラ。
全員が普通に話している。
でも。
ラフリの心の奥では。
一つの考えが広がる。
この中にいるのか?
ユナを危険にする人間が。
その瞬間。
ナカムラがユナに声をかけた。
「ユナ」
「今日の放課後さ」
ラフリの視線が鋭くなる。
ナカムラは気づかない。
「図書室行くんだけど」
「一緒にどう?」
ユナは少し考えた。
その瞬間。
ラフリの手が机の上でわずかに握られる。
ナカムラ。
動き。
距離。
全部を見ている。
ユナは答えた。
「ごめん」
「今日は用事あるんだ」
ナカムラは笑った。
「そっか」
「また今度な」
ナカムラは席へ戻る。
ラフリは黙っていた。
でも。
胸の奥の緊張は消えない。
放課後。
学生たちは帰り始めていた。
教室の後ろ。
ミサキが小さく言う。
「やっぱりさ」
「ラフリちょっと怖いよね」
ユイも頷く。
「なんかユナの周りずっと見てる」
ナツキは少し考えた。
「もしかして」
「独占したいのかな」
三人は小さく笑った。
ただの会話。
でも。
その印象は。
少しずつ教室に広がっていく。
窓際の席。
ローズはそれを聞いていた。
そして。
静かに呟く。
「いい形ですね」
視線はラフリへ。
「もう少し」
「ほんの少しで」
「崩れます」
遠くの屋上。
ミヤコが空を見ていた。
空のヒビは。
また少し広がる。
ミヤコは小さく笑った。
「ラフリ」
「まだ気づいてないんだね」
「君を壊してるのが」
「誰なのか」。




