第四十一話:静かな種
朝の教室。
窓から柔らかい光が入っている。
学生たちはいつものように席に座り、雑談していた。
普通の朝。
何も変わらない景色。
でも。
その中に――
小さな「違和感」が混ざり始めていた。
ラフリは席に座っていた。
ユナは隣の席でノートを整理している。
「ラフリ」
ユナが少し笑う。
「今日の数学の課題やった?」
ラフリは頷いた。
「ああ。まあなんとか」
ユナは少し安心した顔をした。
「よかった。難しかったよね」
普通の会話。
普通の時間。
でも。
ラフリの視線は時々教室の中を見ていた。
誰が動いているのか。
誰がユナに近づいているのか。
無意識に確認している。
その時。
教室の後ろ。
女子生徒たちが小さく話していた。
ミサキとユイ。
その近くにローズもいる。
ミサキが小さく言う。
「ねえ」
「ラフリってさ」
ユイが首を傾げる。
「なに?」
ミサキは少し声を下げた。
「最近ユナのこと、すごく見てない?」
ユイはラフリの方をちらっと見る。
確かに。
さっきも。
今も。
ラフリの視線は時々ユナへ向いている。
ユイは小さく笑った。
「まあ仲いいんじゃない?」
ミサキは少しだけ首を振った。
「うーん……」
その時。
ローズが静かに口を開いた。
「でも」
二人がローズを見る。
ローズは少し困ったように笑った。
「心配してるのかもしれませんね」
ミサキが聞く。
「心配?」
ローズは頷く。
「昨日もユナの腕を引いてましたよね」
「廊下で」
ユイは思い出した。
「あー、あったね」
ミサキは少し考える。
「でもさ」
「ちょっと強かったよね」
ローズはすぐに首を振る。
「きっと偶然ですよ」
「ラフリは優しい人ですから」
そう言って。
ローズは微笑んだ。
でも。
その言葉は。
教室の空気に小さく残った。
「ラフリはユナを強く引いた」
ただそれだけの事実。
でも。
人の頭の中では。
少しずつ形を変える。
その頃。
ラフリはノートを閉じていた。
耳の奥で。
小さな残響。
『……見ている』
ラフリの眉が動く。
『全部』
声はすぐ消えた。
ラフリは教室の後ろを見る。
そこには。
ローズが静かに座っていた。
ローズはラフリの視線に気づく。
そして。
優しく笑った。
まるで。
何も知らないかのように。
ラフリは視線を戻した。
でも。
胸の奥の違和感は消えない。
昼休み。
教室は少し騒がしい。
学生たちはグループで話している。
その中で。
一つの会話が聞こえた。
「ラフリってさ」
「ちょっと過保護じゃない?」
「ユナのこと」
その言葉は小さい。
でも。
確実に広がっていく。
教室の隅。
ローズはその様子を見ていた。
小さく呟く。
「種は蒔かれました」
窓の外。
空にはまた小さなヒビ。
そして。
遠くの屋上。
ミヤコがそれを見て笑った。
「始まったね」
「壊れるまで」
「どのくらいかな」
世界はまだ静かだった。
でも。
ラフリの心は――
少しずつ揺れ始めていた。




