第36話 夢の残響
夜。
学院の寮は静まり返っていた。
窓の外には月。
静かな光が部屋を照らしている。
ラフリはベッドの上で横になっていた。
目を閉じても。
なぜか眠れない。
胸の奥が落ち着かない。
昼間のことが頭から離れなかった。
屋上。
ユナ。
そして――
あの声。
「……残響」
ラフリは小さく呟いた。
自分でも分からない言葉。
なのに。
なぜか。
知っている気がする。
そのまま。
意識はゆっくり沈んでいった。
夢を見た。
最初は。
ただの暗闇だった。
音もない。
風もない。
世界そのものが存在しないような空間。
その中で。
誰かが立っていた。
背中しか見えない。
黒いシルエット。
でも。
なぜか分かる。
あれは自分だ。
その「ラフリ」は空を見上げていた。
空は――
割れていた。
巨大なヒビ。
空全体に広がる裂け目。
まるで世界が壊れているみたいに。
その下で。
もう一人のラフリが叫んでいる。
声は聞こえない。
でも。
言葉だけは分かった。
「ユナ」
その名前。
次の瞬間。
景色が変わる。
学院。
でも。
いつもの学院じゃない。
建物は崩れていた。
炎が上がっている。
瓦礫。
煙。
そして。
地面に――
誰かが倒れている。
長い髪。
白い制服。
ラフリの心臓が強く跳ねた。
「……ユナ」
声が出た瞬間。
世界が止まる。
音も。
炎も。
風も。
すべてが静止する。
そして。
どこからか声が響いた。
『契約は成立した』
ラフリの体が震える。
この声。
知っている。
でも。
思い出せない。
声は続いた。
『願いは叶えられる』
『代償として――』
そこで。
突然。
夢が崩れた。
ラフリは勢いよく目を開けた。
「……っ!!」
呼吸が荒い。
額に汗が浮かんでいる。
部屋は暗い。
窓の外。
まだ夜だった。
「……夢」
ラフリはゆっくり息を吐いた。
夢。
ただの夢。
そう思おうとする。
でも。
胸の奥の感覚が消えない。
まるで。
本当に見た出来事のような感覚。
ラフリは顔を覆った。
「……なんなんだ」
最近。
おかしい。
聞こえる声。
見える景色。
そして。
あの言葉。
「契約」
どうして。
そんな言葉が頭に浮かぶのか。
その時。
また。
残響が響いた。
とても小さな声。
『……助けて……』
ラフリの呼吸が止まる。
その声は。
ユナの声だった。
同じ頃。
学院の塔。
ローズは月を見上げていた。
静かな夜。
風が髪を揺らす。
ローズは目を細めた。
「夢」
小さく呟く。
「残響は夢から始まる」
それは。
何度も見てきた光景。
何度も繰り返された世界。
ローズは知っている。
ラフリが。
どれだけ壊れてきたか。
そして。
これから。
どれだけ壊れるのか。
ローズは静かに笑った。
「三回目の世界」
「まだ」
「ここまでは同じですね」
そして。
小さく呟いた。
「でも」
「今回はどうなるんでしょう」
その瞬間。
夜空に。
また。
小さなヒビが走った。
ラフリはベッドの上に座っていた。
もう眠れない。
窓の外を見る。
夜の空。
静かな月。
その時。
また。
声が響いた。
今度は。
はっきりと。
『……ラフリ……』
ラフリの目が見開かれる。
「……誰だ」
答えはない。
でも。
一つだけ分かる。
この声は。
初めて聞く声じゃない。
それなのに。
思い出せない。
ラフリは小さく呟いた。
「……俺は」
「何を忘れてるんだ」
夜の空は静かだった。
でも。
誰にも見えない場所で。
世界のヒビは――
少しずつ広がっていた。




