第34話 壊れた世界の残響
朝の学院。
ラフリは校門の前で立ち止まっていた。
空は青く、風も穏やか。
平和な朝。
……のはずだった。
なのに。
胸の奥が重い。
理由は分からない。
ただ。
頭の奥で――
何かが、軋んでいた。
「……」
ラフリは目を閉じる。
その瞬間。
一瞬だけ。
光景が閃いた。
燃える空。
崩れる学院。
そして――
血に濡れたユナ。
「っ!」
ラフリは思わず目を開いた。
心臓が激しく鼓動している。
「……なんだ、今の」
記憶じゃない。
夢でもない。
それなのに。
まるで。
本当に起きた出来事のようだった。
教室。
授業は始まっていた。
黒板の音。
教師の声。
生徒たちのざわめき。
全部、普通だ。
なのに。
ラフリは手を見つめていた。
微かに震えている。
その理由が分からない。
(……俺は)
(何を――)
その時。
頭の奥で声がした。
かすかに。
遠くから響くような声。
『代償を――払えるか?』
ラフリの呼吸が止まる。
次の瞬間。
別の声が重なった。
それは――
自分の声だった。
『払う……!何だっていい!!』
ラフリは椅子から立ち上がった。
教室が静まり返る。
「ラフリ?」
教師が驚いた顔で見る。
でも。
ラフリの耳には届いていなかった。
頭の中で。
別の言葉が響き続けている。
『全部差し出してでも……』
『俺は、何度でもお前の隣に立つ……』
「……やめろ」
ラフリは小さく呟いた。
「……誰だ」
頭を押さえる。
痛い。
記憶が。
割れたガラスみたいに。
バラバラに散らばっている。
その中に。
一つだけ。
はっきりしているものがあった。
雨の中。
自分は叫んでいた。
そして。
ユナが――
死んでいた。
「……っ!」
ラフリは机を強く握った。
でも。
次の瞬間。
その映像は消えた。
まるで。
誰かがページを閉じたみたいに。
「……」
ラフリはゆっくり座った。
教室はまた普通に戻る。
誰も。
何も。
気づいていない。
昼休み。
中庭。
ユナがベンチで待っていた。
「ラフリ!」
いつもの笑顔。
その瞬間。
胸の奥が強く痛んだ。
ラフリの視界に。
一瞬だけ。
赤い色が重なる。
地面。
血。
倒れているユナ。
「……!」
ラフリは思わずユナの腕を掴んだ。
「え?」
ユナが驚く。
「ラフリ?」
ラフリは何も言えない。
ただ。
震える声で呟いた。
「……大丈夫だよな」
「え?」
「お前……」
言葉が続かない。
理由は分からない。
でも。
どうしても。
確認したかった。
「……死んだりしないよな」
ユナはきょとんとした顔をした。
そして。
くすっと笑った。
「なにそれ」
「急にどうしたの?」
ラフリは答えなかった。
答えられなかった。
二階の廊下。
ローズは静かに中庭を見下ろしていた。
ラフリとユナ。
その様子を見て。
小さく微笑む。
「……やっぱり」
静かな声。
「覚えてないんですね」
風が吹く。
ローズの髪が揺れる。
「契約の代償」
目を細めた。
「記憶の崩壊」
少しだけ。
寂しそうに。
でも。
どこか楽しそうに。
呟いた。
「三回目でも」
「まだ壊れていない」
そして。
小さく笑った。
「でも」
「時間の問題です」
放課後。
ラフリは一人で帰り道を歩いていた。
夕焼けの空。
静かな道。
その時。
突然。
世界が揺れた。
ほんの一瞬。
空に――
ヒビが見えた。
まるで。
ガラスが割れるように。
「……?」
ラフリは目を瞬いた。
次の瞬間。
空は元に戻っていた。
何もない。
ただの夕焼け。
「……疲れてるのか」
そう呟いた。
でも。
ラフリは気づいていない。
そのヒビの向こうで。
かすかな声が響いたことを。
『……助けて……』




