第31話 視線の意味
昼休み。
学院の教室はいつもより騒がしかった。
笑い声。
椅子を動かす音。
パンの袋を開ける音。
いつもの日常。
だけど――
俺の視線は、ずっと一人の人物に向いていた。
窓際の席。
静かに本を読んでいる少女。
長い黒髪。
落ち着いた雰囲気。
そして、少しだけ冷たい横顔。
ユナ。
(……やっぱりだ)
俺は小さく目を細める。
昨日から感じていた違和感。
それが、今も消えない。
むしろ――
確信に変わりつつあった。
「ねえ」
突然、横から声がした。
「ラフリ」
顔を向けると、そこにいたのはローズだった。
金色の髪。
少し楽しそうな表情。
そして――
どこか鋭い視線。
「さっきからずっと見てるよね」
「……何を」
ローズはくすっと笑う。
そして、小さく指を指した。
その先には――
ユナ。
「ユナさん」
ローズはわざとらしく言う。
「そんなに気になる?」
教室の数人の視線がこちらに向いた。
「別に」
俺は短く答える。
だけどローズは引かない。
むしろ楽しそうに続ける。
「でもさ」
ローズは少し身を乗り出す。
そして小さな声で言った。
「ラフリって」
「まるで――」
少しだけ笑う。
「ストーカーみたいに見えるよ?」
その瞬間。
近くにいたクラスメイトが小さく笑った。
「え、マジ?」
「さっきから見てたよな」
「確かに」
小さなざわめきが広がる。
視線が集まる。
俺に。
……面倒だな。
俺は小さく息を吐く。
別に、どうでもいい。
他人の視線なんて。
普通なら。
だけど――
その時。
ユナが、ゆっくり顔を上げた。
そして。
まっすぐ俺を見る。
静かな目。
感情が読めない瞳。
教室の空気が少し止まる。
ローズがにやりと笑った。
「ほら」
「本人も気づいたみたい」
クラスメイトがひそひそと話す。
「やば」
「気まずくない?」
「絶対ストーカーじゃん」
その言葉。
胸の奥で、何かが小さく動いた。
……ストーカー?
……俺が?
バカらしい。
俺はただ。
確認していただけだ。
それだけなのに。
なのに――
周囲は勝手に決めつける。
勝手に笑う。
勝手に評価する。
(……ああ)
胸の奥。
静かに、何かが浮かぶ。
嫌な感覚。
昔から知っている感情。
社会。
評価。
視線。
そして――
押し付けられる“普通”。
俺はゆっくり椅子から立ち上がった。
教室の視線が一瞬集まる。
ローズが少し驚いた顔をする。
「ラフリ?」
俺は何も言わない。
ただ。
もう一度だけユナを見る。
その目は――
なぜか。
少しだけ興味深そうだった。
まるで。
俺を観察しているみたいに。
(……面白い)
心の奥で、小さく笑う。
俺はそのまま教室を出た。
廊下。
昼休みのざわめき。
窓から入る光。
普通の学院の日常。
だけど――
さっきの教室。
あの空気。
あの視線。
そして。
ユナの目。
(……気づいてるのか?)
もしそうなら。
この学院は――
俺が思っているより、ずっと面白い場所かもしれない。
そして教室の中。
ユナは窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「……やっぱり」
静かな声。
誰にも聞こえない声で。
「あなた」
「知ってる人みたい」




