第22話 『雨の日の約束と、壊れた運命』【改訂版】
ほんの少しの優しさが、
誰かの運命を変えてしまうことがある。
それが――救いになるのか、
それとも、呪いになるのかは、まだ誰にも分からない。
たった一つの出会いが、
やがて取り返しのつかない別れへと変わることもある。
これは、
ひとつの出会いと――
ひとつの別れから始まる物語。
そしてその先に、
何度でも繰り返される“運命”が待っていることを、
まだ誰も知らない。
その日の一時間目は、特に何事もなく普通に授業が進んでいた。
黒板の文字を書き写しながら、俺――ラフリはただ静かに時間を過ごしていた。
けれど、どこかで――
この光景を、前にも見たことがある気がした。
コトッ。
小さな音がした。
視線を向けると、隣の席の少女――ユナの消しゴムが床に落ちていた。
俺は無言でしゃがみ、それを拾い、彼女へと差し出す。
「……ありがとう」
ユナはそう言って、ほんの少しだけ微笑んだ。
その小さな笑顔に――
(なんでだ……胸が、こんなに……)
心臓が、妙に騒がしくなった。
まるで――初めてじゃないみたいに。
「いや……ありえないだろ。俺と彼女じゃ、住む世界が違う」
自分にそう言い聞かせた。
やがて昼休み。
弁当を忘れた俺は、食堂へ向かうことにした。
「ラフリ、どこ行く?」
ヨヨが声をかけてくる。
「食堂」
「じゃあ、俺も」
二人で歩いて向かった先で――
「せんぱ〜い!」
明るい声。
振り向くと、今朝バスで出会った少女――ミヤコが、笑顔で駆け寄ってきた。
「どうした、ミヤコちゃん?」
「えへへ……なんか、先輩が私のパパに似てて……」
その言葉と同時に、彼女はどこか懐かしそうな目で、じっと俺を見つめていた。
少し不思議なことを言う少女に、俺は軽く苦笑した。
軽く別れ、俺はメロンパンと牛乳を買う。
ヨヨとも別れて、一人で食べる場所を探した。
(静かな場所がいい……)
選択肢は三つ。
中庭、トイレ、そして――屋上。
そして俺は、屋上を選んだ。
そこは、フィクションの主人公がヒロインと過ごす場所――
のはずだった。
「……あら、ラフリ」
そこにいたのは――ユナだった。
「何か用?」
「別に。……ここ、座れば?」
彼女は自分の隣を軽く叩く。
だが俺は首を横に振り、フェンスの方へ歩いた。
メロンパンをゆっくり食べ、牛乳も飲み干す。
その時だった。
「それだけじゃ、足りないでしょ」
気づけばユナが隣に立ち、弁当箱を差し出していた。
「……一緒に食べて」
その声は、少しだけ甘くて――
断れなかった。
卵焼きを取ろうとした卵巻き、ユナが先にそれをつまみ――
そのまま、俺の口元へと差し出した。
「はい、あーん」
「……っ!?」
顔が熱くなる。
でも――拒めなかった。
「……おいしい?」
「……うん、うまい」
顔を逸らしながら答えると、
ユナはふっと微笑んだ。
その瞬間、確信した。
(ああ……俺は、この人を――)
(この人を、失いたくない)
たとえ世界を何度繰り返すことになっても、
この人を――手に入れたいと、思った。
その時だった。
「トワは来たよー!」
突然現れた少女――トワケが、俺たちを指さす。
「予想外だよ、君たち二人は!」
そう言って、すぐに走り去ってしまった。
残された俺とユナは、思わず笑ってしまう。
そして授業へ戻り、
何事もなく放課後を迎えた。
帰り道。
雨が降り始めていた。
校門を出ると、多くの男子がユナに傘を差し出していた。
だが――
彼女は、俺の方へ来た。
「……一緒に、いい?」
小さくそう言った。
「……ああ」
俺は傘を開き、彼女と並んで歩き出す。
なぜかその帰り道は、
とても短く感じた。
そして、彼女の車の前まで送り届けた。
「……ありがとう。また明日」
彼女はそう言って車に乗り込む。
俺は小さく頷いた。
車が走り出す。
――その瞬間だった。
キィィィン――ッ!!
タイヤが、破裂した。
その少し前、路面に光る“何か”があった気がした。
「っ!?」
車がバランスを崩す。
その直後。
ドンッ!!!!
横から突っ込んできたバンが、
ユナの車を粉々に吹き飛ばした。
炎が上がる。
煙が立ち上る。
「……ユナ……?」
信じられなかった。
俺は走る。
ただ必死に、走る。
途中、路上に落ちていた――一本の釘が目に入った。
(……誰かが、仕組んだ……?)
燃える車へと辿り着く。
ドアはロックされていた。
ガンッ! ガンッ!!
俺は窓を叩き割り、ドアを開ける。
そして――
中を見た瞬間、
吐いた。
理解できないほどの、凄惨な光景。
崩れた体。
血。
焼けた匂い。
「違う……これはユナじゃない……ユナのはずがない……」
俺は膝から崩れ落ちた。
でも――
それでも。
(ここで終わるなんて、絶対に認めない)
それでも、俺は叫んだ。
「何度でもいい……!」
「世界が壊れても、運命に拒まれても、俺が壊れても――」
「それでも俺は、お前を救う……!」
「これは誰かに押し付けられた願いじゃない……」
「俺が選んだ、俺の罪だ……!」
「たとえ代償が俺の記憶でも、心でも、未来でも――」
「全部差し出してでも……!」
「俺は、何度でもお前の隣に立つ……!」
「だから――頼む……!」
「運命でも、神でも、何でもいい……!」
「ユナを――俺に救わせてくれ!!」
その瞬間――
世界が、止まった。
雨も、炎も、時間も。
すべてが静止する。
どこからか声が響いた。
『その代償を――お前は払えるか?』
「払う……!何だっていい!!」
「ユナを救えるなら――全部払う!!」
沈黙の後。
『契約は成立した』
『願いは叶えられる』
『運命が、再びお前たちを巡り合わせることを祈ろう』
その声が消えた瞬間、
空が――割れた。
ヒビが走り、世界が白に染まっていく。
ページをめくるような音が響く。
そして、誰かの声。
『……助けて……』
次の瞬間――
俺は教室にいた。
朝。
息が荒い。
冷や汗。
鼓動が止まらない。
――覚えている。
全部。
あの光景も、痛みも、誓いも。
だけど――
いくつかの記憶だけが、
欠けていた。
その日、ラフリは誓った。
何度世界が壊れても、
何度運命に拒まれても、
――必ず、彼女を救うと。
それがたとえ、
自分自身を壊す選択だったとしても。
けれど彼はまだ知らない。
その願いが、どれほど残酷な代償を伴うのかを。
記憶も、心も、未来さえも削り取りながら、
それでも進み続けることになる運命を。
そして――
世界はすでに、
静かに、確実に歪み始めていることを。
その歪みの中心に、
彼自身がいることを――まだ、知らない。




