第二話『身勝手な愛』【改稿版】
その日は――
本来なら、俺の人生でいちばん幸せな日になるはずだった。
空は澄み渡り、
祝福の音楽がやさしく流れ、
人々は笑顔で俺たちを囲んでいた。
そして目の前には――君。
ずっと夢見ていたドレスに身を包み、
少し照れくさそうに笑う君がいた。
その瞬間、俺は確信していた。
――もう二度と、君を失わないと。
俺は君の手を取る。
あたたかい。
確かに、ここにある。
現実だった。
……あの光が現れるまでは。
まばゆい光。
世界を塗り潰すほどの、異常な輝き。
理解が追いつくより先に――
君の体が、目の前で薄れていく。
「ら……ふ……り……」
途切れ途切れの声。
不安に揺れる瞳。
「ユナ――ッ!!」
俺は手を伸ばした。
必死に掴もうとした。
だが――
指先が触れたのは、ただの空気だった。
そして一瞬で――
君は消えた。
この世界から。
俺の人生から。
それからの日々は――
もはや“生きている”とは言えなかった。
人は言う。
「時間が癒してくれる」と。
――嘘だ。
時間はただ、突きつけてくるだけだ。
君が、もうどこにもいないという事実を。
俺は歩いた。
話した。
笑ったりもした。
だが――中身は空っぽだった。
いちばん大切な部分を、
あの日一緒に失ってしまったからだ。
俺は誰も愛さなかった。
いや――愛せなかった。
心はすでに、ひとつの名前で満たされていたから。
その名前は――君だ。
どれほど時間が流れたのか、もう分からない。
やがて俺は、静かに死んだ。
目を閉じた時、
すべてが終わると思っていた。
……だが。
目を開けると――
そこは、見知らぬ世界だった。
空気が違う。
空の色が違う。
大地の匂いも、すべてが違う。
それでも――
胸の奥に、確信があった。
――君は、ここにいる。
俺は歩き出した。
小さな村から、街へ。
街から王国へ。
王国から、忘れられた遺跡へ。
多くの人と出会った。
優しい人たちだった。
手を差し伸べてくれる者もいた。
だが俺は、すべてをやさしく断った。
目的は、ひとつだけ。
――君を見つけること。
長い年月が過ぎたある日、
俺はひとつの伝承を耳にした。
封印された存在の話。
解き放てば、世界を滅ぼすという“災厄”。
……おかしいほど、胸がざわついた。
証拠なんて何もないのに――
分かってしまった。
それが、君だと。
辿り着いた場所は、巨大な封印施設だった。
古く、ひび割れ、
無数の紋様が“何か”を閉じ込めている。
周囲の人々は、恐怖の目で俺を見る。
「近づくな」
「それは解いてはいけないものだ」
「中にいるのは、世界を壊す存在だ」
俺は静かに尋ねた。
「……中にいるのは、誰だ?」
誰も答えない。
だから俺は――一歩、踏み出した。
封印に手を触れた、その瞬間――
あたたかい。
懐かしくて、痛いほどに愛しい温もり。
気づけば、涙が零れていた。
「……君、なんだろ?」
そのとき。
かすかな声が、向こう側から届く。
「……ら……ふ……り……」
胸が、強く打たれた。
俺は壊れたように笑う。
「……ああ、俺だ」
背後から、叫び声が飛ぶ。
「やめろ!!」
「封印が壊れる!!」
「世界が終わるぞ!!」
俺は目を閉じた。
一度だけ、考える。
世界か。
君か。
――答えは、一秒もかからなかった。
目を開く。
封印を見つめる。
やさしく、穏やかに。
「ごめんな、世界」
拳を握る。
魔力が集まる。
ひびが走る。
「……俺は、君のいない世界で生きようとして――失敗した」
ひびは広がり、
光が漏れ、
大地が揺れ、
空が裂ける。
「ごめんな。身勝手で」
腕を振り上げる。
「……でも、もう限界なんだ」
そして――
全力で、叩きつけた。
封印は、砕けた。
光が爆発する。
風が荒れ狂う。
世界が、悲鳴を上げる。
山が崩れ、
海が荒れ、
空が裂ける。
すべてが終わっていく中で――
俺はただ、一つだけを見ていた。
君を。
光の中から、ゆっくりと落ちてくる君。
弱く、壊れそうで――
それでも、変わらない。
あの日のままの君。
俺は走った。
もう二度と、遅れないように。
地面に落ちる前に――
君を抱き止めた。
もし一秒でも遅れていたら、
また君を失う気がして。
「ユナ……」
瞳が、ゆっくりと開く。
俺を見つける。
「……来てくれたの?」
かすれた声。
俺は、強く抱きしめた。
震えるほど、強く。
「ずっと……探してた」
やっと。
やっと。
世界を越えて、
時間を越えて、
死を越えて――
君に届いた。
背後では、世界が崩壊している。
誰かが泣いている。
誰かが叫んでいる。
だが――
この腕の中の温もり以上に、
大切なものなんてどこにもなかった。
俺は目を閉じる。
君を抱きしめる。
「ごめんな、世界」
そして、小さく囁いた。
「……俺は、ただ――」
腕に力を込める。
「たった一人の、愛する人を抱きしめたかっただけなんだ」
俺は、笑った。
世界が壊れていく中で。
それでも――
確かに、幸せだった。
たとえ次の世界があっても。
たとえまた君を失っても。
たとえ何度でも、離れ離れになっても。
――それでもいい。
俺はきっと、また君を探す。
また君を見つける。
そしてまた選ぶ。
世界よりも、君を。
たとえ次の世界も壊れるとしても――
俺は、もう一度、君を選ぶ。
――完。
※本話は物語の一貫性のために加筆・修正を行いました。




