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第2話 雨の日の約束と、壊れた運命

ほんの少しの優しさが、

誰かの運命を変えてしまうことがある。

それが救いになるのか。

それとも、 呪いになるのか。

まだ誰にも分からない。

たった一つの出会いが、 やがて取り返しのつかない別れへ変わることもある。

これは――

ひとつの出会いと、 ひとつの別れから始まる物語。

そしてその先に、 何度でも繰り返される“運命”が待っていることを――

まだ、 誰も知らない。

一時間目の授業は、

驚くほど普通だった。

黒板へ書かれていく文字。

教師の声。

紙をめくる音。

窓の外では、 穏やかな風が木々を揺らしている。

どこにでもある、 ただの授業風景。

なのに――

ラフリは、 妙な違和感を覚えていた。

(……なんだ、この感覚)

まるで。

この時間を、 一度経験したことがあるみたいだった。

コトッ。

小さな音が響く。

視線を向けると、 隣の席のユナの消しゴムが床へ落ちていた。

ラフリは無言でしゃがみ、 それを拾い上げる。

「……はい」

「ありがとう」

ユナは静かに受け取り、 ほんの少しだけ微笑んだ。

その小さな笑顔を見た瞬間――

胸が、 妙に騒がしくなる。

(なんだよ…… この感じ……)

初対面のはずなのに。

なのに、 その笑顔がひどく懐かしく見えた。

ラフリは慌てるように視線を逸らす。

(いや…… ありえないだろ)

相手は“氷の姫”。

自分とは住む世界が違う。

関われば、 きっと面倒になる。

だから――

深く近づかない方がいい。

そう思っていた。

やがて昼休み。

弁当を忘れたラフリは、 食堂へ向かおうとしていた。

「ラフリ、どこ行く?」

YOYOが振り返る。

「食堂」

「じゃあ俺も」

二人で廊下を歩く。

すると――

「せんぱ〜い!」

聞き覚えのある声。

振り向くと、 今朝バスで出会った少女――ミヤコが、 笑顔で駆け寄ってきた。

「どうした、ミヤコちゃん?」

「えへへ…… なんか先輩、私のパパに似てるな〜って」

「……パパ?」

ラフリは苦笑する。

ミヤコは、 どこか懐かしそうな目でラフリを見つめていた。

その視線に、 ほんの少しだけ胸がざわつく。

だが深く考える前に、 ミヤコは笑顔で手を振った。

「またあとでね!」

嵐みたいな少女だった。

ラフリは小さく息を吐き、 メロンパンと牛乳を買う。

「一緒に食うか?」

YOYOが聞く。

「いや。 静かな場所行く」

「なるほど。 主人公ムーブってやつだな」

「意味分かんねぇよ」

軽口を交わし、 ラフリはその場を後にした。

向かった先は――屋上。

静かで、 風が気持ちいい場所。

フィクションなら、 主人公とヒロインが距離を縮める場所でもある。

そして。

そこには、 すでに先客がいた。

「……あら、ラフリ」

ユナだった。

風で黒髪が揺れる。

赤い瞳が、 静かにこちらを見る。

「何か用?」

「別に。 ……ここ、座れば?」

ユナは隣を軽く叩いた。

だがラフリは、 少し距離を取るようにフェンス側へ向かう。

「そういうとこ、 本当に壁作るよね」

「……人付き合い苦手なんだよ」

ユナは少しだけ目を細めた。

ラフリはメロンパンを食べ始める。

だが。

「それだけじゃ足りないでしょ」

気づけば、 ユナが隣へ来ていた。

差し出された弁当箱。

「……一緒に食べる?」

断ろうと思った。

けれど――

その声音が妙に優しくて、 うまく拒絶できなかった。

「……少しだけ」

ユナは小さく微笑む。

その笑顔を見た瞬間。

また胸が痛くなる。

まるで、 ずっと前から知っているみたいに。

ユナは卵焼きを摘まみ、 そのままラフリへ差し出した。

「はい、あーん」

「っ!?」

ラフリの顔が一気に熱くなる。

「な、なんでそうなるんだよ……」

「嫌?」

悪戯っぽい視線。

ラフリは数秒黙り込み――

観念したように口を開けた。

「……うまい」

「ふふっ」

ユナが小さく笑う。

その瞬間。

ラフリの胸の奥で、 何かが強く疼いた。

(ああ……)

理由なんて分からない。

なのに。

この人を失いたくない。

そう、 強く思ってしまった。

その時だった。

「トワは来たよー!」

屋上の扉が勢いよく開く。

元気すぎる少女――トワキエが、 こちらを指差した。

「うわ〜! 予想外の組み合わせ!」

「……なんだよそれ」

「秘密〜♪」

トワキエは楽しそうに笑い、 そのまま去っていく。

残された二人は、 思わず顔を見合わせた。

そして、 小さく笑ってしまう。

その空気が、 妙に心地よかった。

午後の授業は、 驚くほど平和に終わった。

そして放課後。

空はいつの間にか曇り、 小さな雨粒が降り始めていた。

校門前では、 何人もの男子生徒がユナへ傘を差し出している。

だが。

ユナは、 真っ直ぐラフリの方へ歩いてきた。

「……一緒に、帰ってもいい?」

少しだけ遠慮がちな声。

ラフリは数秒黙り込み――

静かに傘を開いた。

「……ああ」

ユナは安心したように微笑む。

二人は、 同じ傘の下を歩き始めた。

雨音。

静かな空気。

肩が触れそうな距離。

不思議なくらい、 その帰り道は短く感じた。

やがて、 ユナの車が停まる場所へ到着する。

「……ありがとう。 また明日」

「またな」

ユナは車へ乗り込む。

扉が閉まる。

エンジン音。

そして――

車が動き出した瞬間だった。

キィィィィン――ッ!!

突然、 タイヤが破裂した。

「っ!?」

その少し前。

ラフリは、 道路に何か光るものを見た気がした。

釘。

……誰かが、 置いたみたいに。

次の瞬間。

ドンッ!!!!!!

横から突っ込んできた大型バンが、 ユナの車を吹き飛ばした。

ガラスが砕け散る。

鉄が歪む。

炎が上がる。

世界が、 一瞬で赤く染まった。

「……ユナ?」

理解が追いつかない。

嘘だ。

そんなはずない。

ラフリは走った。

ただ必死に。

転びそうになりながら、 雨の中を駆ける。

途中。

路面へ落ちた一本の釘が、 視界へ映った。

(……仕組まれてる?)

嫌な予感が、 全身を駆け巡る。

燃え上がる車へ辿り着く。

ドアはロックされていた。

「開けろ……!」

ガンッ!! ガンッ!!

拳で窓を叩き割る。

血が流れる。

それでも止まらない。

ようやくドアを開き――

そして。

中を見た瞬間。

ラフリは、 その場で吐いた。

焼けた匂い。

血。

崩れた身体。

理解を拒絶するほど、 凄惨な光景。

「違う……」

声が震える。

「これは…… ユナじゃない……」

認めたくなかった。

認めれば、 本当に終わってしまう気がした。

膝から崩れ落ちる。

呼吸ができない。

頭が真っ白になる。

それでも――

ラフリは、 震える拳を握り締めた。

(終わらせるかよ……)

ここで。

終わっていいはずがない。

ラフリは、 雨の中で叫ぶ。

「何度でもいい!!」

声が裂ける。

「世界が壊れても! 運命に拒まれても! 俺が壊れても!!」

雨が止まる。

炎が止まる。

時間が、 静止する。

それでもラフリは叫び続けた。

「それでも俺は!! お前を救う!!」

「これは誰かに押し付けられた願いじゃない!!」

「俺が選んだ!! 俺自身の罪だ!!」

空間が軋む。

世界が悲鳴を上げる。

「記憶でも!! 心でも!! 未来でも!!」

「全部差し出してでも!!」

涙混じりの声。

「俺は何度でも!! お前の隣に立つ!!」

沈黙。

そして。

どこからか、 声が響いた。

『――その代償を、 お前は払えるか?』

ラフリは迷わない。

「払う!!」

『記憶を失うぞ』

「構わない!!」

『心が壊れるぞ』

「それでもいい!!」

『何度も絶望を見ることになる』

「それでも――!!」

ラフリは叫ぶ。

「ユナを救えるなら、 全部払う!!」

静寂。

やがて声は、 静かに告げた。

『契約は成立した』

『願いは受理される』

『運命が再び、 お前たちを巡り合わせることを祈ろう』

その瞬間。

空が割れた。

世界へ巨大なヒビが走る。

まるでページを破るみたいに。

白い光が、 すべてを飲み込んでいく。

そして最後に。

どこか遠くから、 誰かの声が聞こえた。

『……助けて……』

次の瞬間――

ラフリは、 教室の席へ座っていた。

朝。

窓から差し込む光。

クラスメイトの声。

だが。

呼吸が乱れている。

冷や汗が止まらない。

鼓動が、 壊れそうなほど早かった。

――覚えている。

全部。

炎も。

血も。

痛みも。

誓いも。

だけど。

記憶の一部だけが、 奇妙に欠け落ちていた。

その日。

ラフリは誓った。

何度世界が壊れても。

何度運命に拒まれても。

――必ず、 ユナを救うと。

それがたとえ、 自分自身を壊す選択だったとしても。

けれど彼は、 まだ知らない。

その願いが、 どれほど残酷な代償を伴うのかを。

記憶を削り。

心を削り。

未来さえ削りながら――

それでも進み続けることになる運命を。

そして。

世界はすでに、 静かに歪み始めている。

その歪みの中心に、 彼自身がいることを――

まだ、 知らない。

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