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第1話 ループの始まりと、奇妙な既視感

カーテンの隙間から、朝日が静かに差し込んでいた。

ぼんやりとした意識の中、 最初に感じたのは――ぬくもりだった。

……暖かい。

けれど、 それ以上に気になる“重み”が胸の辺りにある。

ゆっくりと視線を落とす。

すると、 小さな女の子が僕に抱きついたまま、 気持ちよさそうに眠っていた。

柔らかな髪。

規則正しい寝息。

安心しきった表情。

その姿を見ているだけで、 胸の奥が不思議と落ち着いていく。

やがて彼女はゆっくりと目を開き、 眠たそうに僕を見上げた。

「おはよう〜、フリお兄ちゃん……」

甘えるような声。

僕は小さく笑う。

「おはよう、ユメ」

そう返すと、 彼女は嬉しそうに頬を緩めた。

その笑顔を見た瞬間――

なぜか、 胸の奥が少しだけ痛んだ。

まるで、 この時間が永遠には続かないと、 どこかで知っているみたいに。

……変な夢でも見たのだろうか。

僕は小さく息を吐き、 ゆっくりとベッドから起き上がった。

ユメはベッドから飛び降りると、 慌てた様子で部屋の外へ向かう。

その途中、 勢いよく振り返った。

「早く準備して、フリお兄ちゃん! 遅刻しちゃうよ〜!」

「分かってるって」

僕が苦笑すると、 ユメは満足そうに廊下を走っていく。

その背中を見送りながら、 僕はふと窓の外へ視線を向けた。

青空。

穏やかな朝。

いつも通りの景色。

……なのに。

胸の奥が妙にざわつく。

何かを忘れているような。

何かが始まるような。

懐かしいのに、 思い出せない感覚。

「……気のせい、か」

そう呟き、 僕は階段を降りた。

リビングへ入ると、 いつもの朝の光景が広がっていた。

ユメはテーブルを整え、 母さんは朝食を運び、 父さんは新聞を読んでいる。

どこにでもある、 普通の家族の朝。

「おはよう、父さん、母さん」

「「おはよう」」

二人の声が重なる。

母さんが微笑みながら言った。

「ほら、早く食べなさい。 学校に遅れるわよ」

「はーい!」

ユメが元気よく返事をする。

そんなやり取りを聞きながら、 僕は静かに席へ座った。

温かい朝食。

何気ない会話。

穏やかな空気。

――なのに。

どうしてだろう。

この時間が、 ひどく壊れやすいものに思えた。

朝食を終える頃、 父さんが新聞を畳みながら口を開く。

「ラフリ、ユメ。 今日は送っていこうか?」

僕とユメは同時に首を横へ振った。

「大丈夫だよ、父さん」

「私たちもう子供じゃないもん!」

ユメが胸を張る。

父さんは苦笑し、 母さんはどこか安心したように微笑んだ。

家を出ようとしたその時。

「待ちなさい」

母さんに呼び止められる。

振り返ると、 二本の傘を差し出していた。

「今日は雨が降るかもしれないから」

外は綺麗な晴れ空だった。

でも母さんは、 妙に真剣な顔をしている。

「……ありがとう」

傘を受け取る。

「いってきます」

「気をつけてね」

母さんの優しい声が、 背中越しに届いた。

その言葉が、 なぜか少しだけ胸に残った。

通学路を歩きながら、 ユメと他愛のない話をする。

今日の授業。

先生の噂。

昨日見たテレビ。

本当に、 どうでもいい話ばかりだ。

でも――

その“どうでもいい時間”が、 妙に心地よかった。

やがてバス停へ到着する。

「じゃあね、フリお兄ちゃん!」

「またあとでな」

ユメは元気よく手を振り、 別の方向へ走っていく。

僕は小さく手を振り返した。

しばらくして、 バスが到着する。

乗り込み、 ICカードをかざそうとしたその時――

「はぁっ…… ま、間に合った……!」

扉が閉まる寸前、 一人の少女が飛び込んできた。

長い髪。

少し乱れた呼吸。

焦ったような表情。

その姿を見た瞬間――

なぜか、 ユメの姿が重なって見えた。

同じ制服。

似た雰囲気。

でも、 どこか違う。

少女は慌ててICカードを取り出す。

だが。

『残高不足です』

無機質な音声。

「えっ…… うそ……」

少女の顔が青ざめる。

その瞬間。

僕の身体は、 ほとんど反射みたいに動いていた。

「――俺が払うよ」

言った後で、 自分でも少し驚く。

こんな風に、 知らない人へ話しかけるタイプじゃないのに。

少女は目を丸くしたあと、 安心したように微笑んだ。

「ありがとうございます、先輩」

「……先輩?」

「同じ学校の制服ですし、 年上ですよね?」

そう言って、 彼女は小さく笑った。

その笑顔を見た瞬間――

胸の奥が、 妙にざわつく。

懐かしい。

……初対面のはずなのに。

「俺、ラフリ・パシャ。 ラフリでいいよ」

「私は――宮子パ……」

そこでバスが止まった。

学校へ到着したのだ。

少女――宮子は、 少し残念そうに言葉を止める。

「また後で!」

軽く頭を下げると、 そのまま走り去っていった。

「……変な子だな」

そう呟きながら、 僕も校門へ向かう。

すると周囲が、 急にざわめき始めた。

一台の高級車。

ゆっくりと扉が開く。

そこから現れたのは――

黒く長い髪。

赤い瞳。

まるで人形みたいに整った顔立ち。

圧倒的な存在感。

「“氷の姫”だ……」

「ユナ様って、 入試トップらしいぞ」

周囲の視線が、 一斉に彼女へ集まっていた。

……けれど。

僕は、 そこまで興味を持てなかった。

人と深く関わるのは、 面倒だ。

過去。

トラウマ。

価値観。

人間関係は、 いつだって複雑になる。

だから僕は、 必要以上に誰かへ近づかない。

そう決めている。

教室へ入り、 席表を確認する。

窓際、一番後ろ。

まるで、 アニメの主人公席みたいだった。

「……運いいな」

席へ座り、 ぼんやり窓の外を眺める。

次々とクラスメイトが入ってきた。

その中で、 妙に目立つ男子が一人いる。

「YOYO」

そう名乗った、 インドネシアから来た留学生。

けれど彼は、 教室も生徒も見ていなかった。

まるで――

“誰か別の存在”を見ているみたいだった。

すると突然、 彼がこちらを見て笑う。

「……俺が“読者”見てるって思ったでしょ?」

「……は?」

思わず苦笑する。

なんだそれ。

意味が分からない。

だがYOYOは、 どこか本気みたいな目をしていた。

その隣には、 柔らかな雰囲気の少女がいる。

「また会えましたね、ラフリくん」

優しく微笑む彼女。

「……どこかで会った?」

「さあ、どうでしょう?」

少女――セラは、 意味深に笑った。

記憶にはない。

なのに、 胸の奥がざわつく。

そして――

僕の隣の席へ、 あの少女が座った。

ユナ。

赤い瞳が、 静かにこちらを見る。

「……さっきから、 なんで私を見るの?」

「いや…… なんか君、 フィクションのキャラみたいだなって」

そう言った瞬間。

彼女の瞳が、 かすかに揺れた。

「だって私たちは――」

そこまで言いかけて、 ユナは口を閉ざした。

「……?」

「なんでもない」

その時。

教室の扉が勢いよく開く。

「トワキエ様、ご到着〜!」

元気すぎる声と共に、 一人の少女が入ってきた。

彼女は教室を見回し、 僕とユナを見るなり楽しそうに笑った。

「へぇ〜。 なんか面白そうな二人」

「……何が?」

「秘密〜♪」

そう言って、 彼女――トワキエはユナの隣へ座った。

しばらくして、 教師が教室へ入ってくる。

空気が変わる。

「私はこのクラスの担任、ヤドクだ。 ヤドと呼べ。 天文学も担当している」

静かな威圧感。

教室が一瞬で静まり返る。

出席が始まる。

一人ずつ名前が呼ばれていく中――

僕はふと、 窓の外を見上げた。

青空。

どこまでも平和な景色。

……なのに。

何かが、 繰り返されているような感覚があった。

まるでこの世界が――

何度も、 同じ時間を繰り返しているみたいに。

ここの世界は、 どこかおかしい。

それでも――

僕はまだ、 その意味を知らない。

だけど確かに感じている。

この感覚は、 初めてじゃない。

これは――

何度も繰り返してきた世界の、 始まりだ。

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