第十八話 「同じ朝、同じ未来へ」【改訂版】
眠れなかった夜のあとに迎える朝は、
どこか現実じゃないみたいに静かで――
それでも確かに、隣には君がいた。
あの夜から一日が過ぎた。
結局、俺はほとんど眠れなかった。
理由は簡単だ。
ユナが、ずっと俺を抱きしめたままだったからだ。
朝の柔らかな光がカーテンの隙間から差し込む中、
俺は静かに目を開けた。
すぐ近くに、ユナの寝顔がある。
こんなにも近くで見るのは初めてだった。
長いまつげ、透き通るような肌、整った顔立ち。
――綺麗だ。
学校で「氷の女王」なんて呼ばれている理由も、
今ならわかる気がした。
気づけば俺は、そっと手を伸ばしていた。
そのまま、ユナの頬に触れる。
その瞬間――
「……ん」
ユナがゆっくりと目を開いた。
「っ!?」
俺は反射的に体を引いて、
そのままベッドから転げ落ちた。
「おはよう、ラフリくん。よく眠れた?」
ユナは軽く伸びをしながら、いつもの落ち着いた声で言う。
「……どこがだよ。ずっと抱きしめられてたんだぞ」
そう言い返すと、ユナは少しだけ口元を緩めて言った。
「でも、ユメに抱きしめられてる時は、ちゃんと眠れてたでしょ?」
「……は?」
俺は固まった。
「なんでユメのこと知ってるんだよ……?」
思わず声が低くなる。
「だって、ユメが教えてくれたもの」
「……あいつ……!」
今度会ったら絶対に説教してやる、と心の中で誓う。
ユナはそんな俺を見て、くすっと笑うと、ベッドから降りた。
「顔、洗ってきて。下で一緒にご飯作るから」
そう言い残して、部屋を出ていく。
俺はため息をついてから、洗面所へ向かった。
冷たい水で顔を洗うと、少しだけ頭が冴える。
――一体、何なんだよ。この状況は。
そんなことを考えながら下に降りると、
どこか懐かしい香りが鼻をくすぐった。
「……この匂い」
キッチンに立つユナの背中に近づく。
「カレーか?」
振り返ったユナは、少し得意げに笑った。
「そう。ラフリくんの好きなものでしょ?」
「……なんで知ってるんだよ」
「ユメから全部聞いた」
「……あいつ、ほんとに……」
頭を抱えたくなる。
「ほら、手伝って」
ユナにそう言われて、俺はしぶしぶエプロンを受け取った。
野菜を切らされ、皿を用意させられ、
あちこち動かされて――
気がつけば、食卓には
ラフリ特製カレーと、ユナの好きなチャーハンが並んでいた。
「いただきます」
同時に手を合わせる。
他愛もない会話。
昨日と同じようで、でも少しだけ違う空気。
食べ終わったあと、俺たちは一緒に皿を洗った。
水の音と、並んで立つ距離が、
どこかくすぐったい。
それから、それぞれ別の部屋で制服に着替え、
家を出る。
学校までの道。
いつもと同じはずなのに――
今日はやけに周囲の視線が気になった。
その時、ユナがポケットから何かを取り出した。
小さな鍵。
「はい、これ」
差し出されたそれを受け取りながら、俺は首をかしげる。
「……何の鍵?」
ユナは一瞬だけ間を置いて、微笑んだ。
「私の部屋のクローゼットの鍵――」
「は?」
「冗談。ラフリくんの家の鍵。猫の」
俺は固まった。
「……なんでそれをお前が持ってるんだよ」
ユナはあっさりと言った。
「ユメにもらった」
「………………」
全てが繋がる。
「……つまり、お前ら最初から仕組んでたのか?」
ユナはいたずらっぽく笑って、軽く頷いた。
「うん、もちろん」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「――お前らなぁああああ!!」
俺の叫び声が通学路に響く。
そしてふと空を見上げると――
遠くの上空で、
ユメが悪戯っぽく笑いながら手を振っていた。
騒がしくて、予想外で、
だけどどこか温かい朝。
この先にどんな出来事が待っていても――
きっと俺は、もう一人じゃない。
君と、同じ朝を歩いていく。




