【第19話】夏夜、君と見上げた花火【改訂版】
夏の終わりに、たった一度だけ訪れる特別な夜がある。
誰かと過ごすその時間は、ほんの一瞬なのに――
どうしてこんなにも、胸に残り続けるのだろう。
放課後。
教室の窓から差し込む夕焼けの光の中で、彼女は静かに僕の机の前に立った。
――氷の女王、ユナ。
だけど今は、僕の恋人だ。
「ラフリくん、ここに行こう」
そう言って差し出されたのは、一枚のポスター。
町外れで行われる花火大会の告知だった。
「……初めてのデートだな」
そう呟いた瞬間、心臓がうるさく鳴り始めた。
彼女と、二人きりの時間。
それはまだ、誰にも知られていない秘密の関係だった。
そして、数日後。
僕は約束の場所に、三十分も早く着いてしまっていた。
父さんのお下がりの浴衣を着て、落ち着かない気持ちのまま人混みを眺めていると――
「……ラフリくんっ」
息を切らした声が聞こえた。
振り返った瞬間、僕の思考は一瞬止まった。
「……かわいい」
無意識に漏れた言葉。
淡い色の浴衣に包まれたユナは、まるで夜に咲く花のように綺麗で――
そして、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めていた。
「そんなに見ないで……」
「いや、だって……」
僕は言葉を探して、そしてようやく言えた。
「今まで見たどの浴衣よりも……一番似合ってる」
その一言で、彼女の顔はさらに赤くなった。
沈黙。
でもそれは、不快なものじゃない。
ただ少しだけ、くすぐったい沈黙だった。
屋台の並ぶ道を、僕たちは並んで歩く。
風鈴の音。
焼きそばの香り。
子どもたちの笑い声。
「どこ行きたい?」
「……どこでもいい。ラフリくんと一緒なら」
その一言だけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
しばらくして僕は、ある場所へ彼女を連れていった。
人の少ない、少し高い丘。
そこへ続く長い階段。
「手、貸して」
僕は手を差し出す。
「転ばないように……お姫様」
その呼び方に、彼女は一瞬固まって――
それでも小さく頷いて、僕の手を握った。
その手は、少しだけ冷たくて……でも、確かに温かかった。
けれど途中で――
「っ……」
彼女が足をくじいた。
「大丈夫!?」
答えは、首を横に振るだけ。
迷うことなく、僕は彼女を抱き上げた。
「えっ、ちょ、ラフリくん……!」
「このくらい、させてよ」
心臓が壊れそうなほど鳴っていた。
でも、それでも離したくなかった。
頂上に着いたとき。
ちょうど一発目の花火が夜空に咲いた。
ドン――と大きな音と共に、色とりどりの光が広がる。
その光に照らされた彼女の横顔は――
花火よりも、ずっと綺麗だった。
僕はただ、彼女を見ていた。
ずっと、ずっと。
「ねえ、ラフリくん」
彼女が僕を見る。
「なんでずっと、私のこと見てたの?」
そして僕は、何も考えずに答えていた。
「花火より、君のほうが綺麗だから」
言ったあとで、我に返る。
遅い。
彼女は顔を真っ赤にして、僕の浴衣の袖をぎゅっと掴んだ。
「……ありがとう」
帰り道。
今度は背中に彼女を乗せて、ゆっくり階段を降りる。
そのとき――
「ねえ、ラフリくん」
「ん?」
「また来ようね。来年も」
少しだけ間をおいて、僕は小さく笑った。
「……ああ。また一緒に来よう」
きっとその時も、僕はまた――
君の隣にいる。
◆ 締め文
夏の夜に咲いた花火は消えても――
この想いだけは、消えないまま胸に残り続けていた。
夜空を彩った花火はやがて消えていった。
だけど、あの瞬間に感じた温もりだけは――
消えることなく、ずっと心の中に残り続けている。
来年もまた、この場所で――君と。




