第16話 雨の中で近づく距離【改訂版】
放課後の空は、静かに泣いていた。
窓の外に広がる雨は、まるで誰かの心の奥を映しているみたいに、やさしく、そしてどこか寂しげで。
その雨は、授業が終わる頃になっても止む気配はなく――
ただ、静かに降り続けていた。
俺は何気なく教室の窓の外を見ていた。
細かい雨粒が、灰色の空から途切れることなく落ちてくる。
やがて授業が終わり、帰りの時間になる。
みんなが慌ただしく教室を出ていく中、俺も鞄を持って廊下へ出た。
その時――
ふと視界に入ったのは、一人の少女。
学校で一番美しいと噂されている存在。
そして、誰もがこう呼ぶ――「氷の女王」。
……ユナ。
偶然、目が合った。
けれど彼女はすぐに視線を逸らす。
俺はそれ以上関わるつもりはなく、そのまま歩き続けた。
トラブルは、ごめんだ。
そのまま外のテラスへ出て、俺は鞄から傘を取り出そうとした。
その時――
視界の端に、あの少女の姿が映る。
……傘を持っていない。
一瞬だけ迷った。
でも、放っておけなかった。
俺は彼女に近づき、そっと傘を差し出した。
「……これ、使って」
ユナは一瞬驚いたように目を見開いたあと、静かに受け取った。
そして――そのまま歩き出す。
……と思ったら。
彼女は俺の隣に並び、歩調を合わせてきた。
「一緒に帰ろう」
静かな声。
でも、どこか優しさが混ざっていた。
「あなたが濡れるのは……嫌だから」
……え?
俺は一瞬、言葉を失った。
気づけば、俺たちは同じ傘の下にいた。
(いや待て待て待て待て……)
隣にいるのは、あの人気者のユナ。
(これ……見られたら絶対やばいだろ……)
内心パニックになりながら歩いていると――
ユナがふと、俺の肩を見た。
「……濡れてる」
次の瞬間。
彼女は俺の腕を掴んで、ぐっと引き寄せた。
身体が触れる距離。
近い。近すぎる。
反射的に俺は一歩外へ出てしまう。
「ちょ、ちょっと……近いって!」
ユナはすぐに追いかけてきて、再び傘の中へ戻す。
「だめ。風邪ひく」
そして俺を見上げて、まっすぐ言った。
「私のせいで、あなたが体調崩すのは嫌」
……その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
「……あのさ。なんでそこまで……」
そう言いかけた俺に、彼女は少しだけ不機嫌そうに言った。
「“あの”じゃない。ユナ」
「同じクラスでしょ、ラフリ」
――俺の名前。
ちゃんと知っている。
そりゃそうだ、同じクラスなんだから。
でも、どうしてだろう。
それだけのことなのに、妙に嬉しかった。
それから俺たちは、同じ傘の下で歩いた。
肩を寄せ合って、濡れないように距離を縮めて。
雨音だけが静かに響く帰り道。
やがて辿り着いたのは――
ユナの家。
……いや、家というか。
どう見ても豪邸だった。
「……すご……」
思わず声が漏れる。
ユナは何も言わずに門を開け、そのまま中へ入っていった。
振り返ることもなく。
俺はその場に少し立ち尽くしてから、静かに帰路についた。
――そして。
自分の家に着いて、気づく。
「……あれ?」
鍵が、ない。
どうやら妹が持って出てしまったらしい。
親もいない。
つまり――
「……詰んだ?」
その時、スマホが震えた。
画面に表示された名前は――ユナ。
(そういえば……さっき連絡先交換したんだった)
メッセージを開く。
『ラフリくん、今どこ?』
その直後。
目の前に一台の高級車が止まった。
窓が静かに開く。
中にいたのは――見覚えのある運転手。
「お迎えに参りました。ラフリ様」
……は?
そして気づけば俺は――
ユナの家の中にいた。
広すぎるリビング。
静まり返った空間。
そこにいるのは――
ユナ、ただ一人。
「……いらっしゃい」
静かに微笑む彼女。
外では、まだ雨が降り続いている。
この夜。
何が始まるのかなんて――
俺は、まだ知らなかった。
静かに降り続ける雨は、二人の距離を少しだけ近づけた。
ただの偶然だったはずの帰り道。
ただの親切だったはずの一本の傘。
でも――
その小さなきっかけは、確かに運命の歯車を動かし始めていた。
この夜が、二人の関係をどう変えていくのか。
まだ、誰も知らない。




