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第123話:揺れる均衡と、手放したくないもの

均衡は、壊れるときに初めて気づく。

それがどれほど繊細で、

どれほど簡単に崩れるものだったのかを。

人は失う前に、それを理解できない。

だから――

壊れた後でしか、本当の価値を知ることができない。

朝。

教室の空気は変わらない。

けれど――

ユナにとっては、また少し違っていた。

(……今日は)

視線が自然と隣へ向く。

ラフリはすでに座っている。

ノートを開き、何かを書いている。

「おはよう」

「……おはよう」

短い挨拶。

それだけで、胸の奥が少しだけ落ち着く。

(……当たり前になってる)

気づいてしまう。

この距離。

この時間。

このやり取り。

全部が、少しずつ“当たり前”になっている。

授業前。

「昨日の続き、やるか?」

ラフリが言う。

「……うん」

迷わない。

即答。

ノートを広げる。

距離が近い。

自然に、何も考えずにその距離を受け入れる。

「ここ、どう思う?」

「……ああ、それは」

説明が始まる。

淡々と。

でも、その声が妙に心地いい。

(……落ち着く)

それが一番近い言葉だった。

休み時間。

「ラフリ〜!」

アオイがまた来る。

「今日こそ分かるまで教えて!」

「昨日も言っただろ」

「だから今日も!」

「……はぁ」

ラフリがため息をつく。

「ラフリ」

ユナが呼ぶ。

自然に。

迷いなく。

「……何だ?」

「この問題、少しだけ」

また同じ流れ。

同じタイミング。

でも――

今日は少し違った。

「え、ちょっと待って!」

アオイが止める。

「今私の番じゃない!?」

「……後でいいでしょ」

ユナが静かに言う。

その声は柔らかい。

でも――

引かない。

「いやいやいや!順番あるでしょ!?」

「すぐ終わるから」

「それ昨日も聞いた!」

空気が、ほんの少しだけ張る。

ナカムラが様子を見る。

ミサキは無言。

「……順番でいいんじゃない?」

ナカムラが間に入る。

「え?」

ユナが一瞬だけ止まる。

「アオイが先に声かけたし」

冷静な判断。

正論。

「……」

ユナは何も言わない。

ただ、ほんの少しだけ視線を下げる。

「……分かった」

短く、それだけ。

ラフリは特に気にせずアオイの方へ向く。

「どこだ?」

「ここここ!」

「……これはな」

説明が始まる。

その間。

ユナは何も言わない。

ただ――

静かに見ていた。

(……なんで)

胸の奥が、少しだけ重い。

さっきまで普通だったのに。

ラフリが他の誰かに時間を使う。

それだけのこと。

それなのに――

(……嫌だ)

はっきりとした感情。

でも、認めたくない。

(……違う)

ただ順番。

ただそれだけ。

「……ユナ」

ミサキが小さく呼ぶ。

「なに?」

「顔、出てる」

「……何が」

「そのままの意味」

ユナは少しだけ眉を寄せる。

「別に、何もないけど」

「そ」

ミサキはそれ以上言わない。

でも――

分かっている。

昼休み。

屋上。

風は穏やか。

でも――

空気は少しだけ違った。

ラフリの隣に座る。

自然に。

でも今日は、

少しだけ“意識して”その位置を選んでいた。

「ラフリ」

「ん?」

「これ」

弁当を差し出す。

「……ありがとう」

受け取る。

いつも通り。

でも――

今日は少しだけ違う。

(……さっきの)

思い出す。

教室でのこと。

アオイ。

ナカムラ。

順番。

(……なんで)

こんなことで。

こんなに引っかかるのか。

「……ユナ」

「なに?」

「さっきの問題、どうだった?」

普通の会話。

何も特別じゃない。

「……分かった」

少し遅れて答える。

(……ほんとに?)

自分でも分からない。

理解したのか。

それとも――

ただ、話したかっただけなのか。

午後。

授業。

静かな時間。

でも――

ユナの中は静かじゃない。

(……おかしい)

分かってる。

これは普通じゃない。

ただ一緒にいるだけ。

それだけの関係のはずなのに。

どうして――

こんなにも影響されるのか。

放課後。

「じゃあ帰るねー!」

アオイが元気に手を振る。

「また明日」

ナカムラも続く。

ミサキは軽く会釈。

残るのは――

二人。

「帰るか」

ラフリが言う。

「……うん」

並んで歩く。

いつも通り。

でも今日は、

少しだけ沈黙が長い。

「……ラフリ」

「ん?」

「もしさ」

またその言い方。

曖昧な問い。

「誰かと一緒にいる時間って」

少しだけ言葉を探す。

「……大事?」

ラフリは少し考える。

「……まあ、人によるんじゃないか」

曖昧な答え。

でも、嘘はない。

「……そっか」

ユナは小さく頷く。

(……人による)

その言葉が、

妙に引っかかった。

その夜。

ユナは窓の外を見ていた。

暗い空。

静かな街。

「……なんで」

小さく呟く。

今日のことを思い出す。

教室。

屋上。

帰り道。

そして――

ラフリが他の誰かと話していた時間。

「……やだ」

はっきりとした言葉。

(……なんで、あんなに)

胸が締め付けられたのか。

「……違う」

また否定する。

でも――

今回は、少しだけ弱い。

(……でも)

気づいている。

もう、分かっている。

「……手放したくない」

ぽつりとこぼれる。

まだ完全じゃない。

まだ壊れていない。

でも――

均衡は、確実に揺れていた。

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