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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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83/214

溶熱海Ⅰ

 

「増長よのう。そんな馬鹿でかい術を展開しおって。狙ってくれと言わんばかりではないか」


 地中より滾々(こんこん)と湧き出でる溶岩の海。

 その奈辺へと夕焼けのように沈み込む小太陽を見遣り、男は呵々(かか)と大笑する。


 太陽宮。

 それは、炎術師・不嶽鍊最大の防衛魔術。

 半径五百メートルに滞留する多重炎熱の隔膜は、球形炎術陣の中心にいる術師本人をあらゆる外的攻撃から遮断する。

 自動迎撃機能も搭載し、一定以上の速度、熱源、魔力を帯びた存在は無差別に撃ち落とされる。

 不意を突いたとしても、通常戦術兵器ではあの程度。陣地ごと爆破されるのがオチだし、表面を多少削ったとしても意味はない。新たな膜が精製されるだけだ。

 まさに鉄壁の浮遊要塞……かに見える。


「くくくくっ」


 だが、難攻不落では決してない。打ち破るのに、まったくもって問題はない。

 太陽宮を無力化する方法なら、幾度となくシミュレーション済みだ。


 赫船慈榮は溶岩で太陽を包み込む。

 丁寧、丁重に、幾重にも。そして圧力を掛けて締め上げる。

 太陽宮はその仕様上、全方位に高密度の炎術を常時展開している。

 溶熱海に呑み込まれていれば猶更で、もはや外部からいかなる物質も取り入れることはできないだろう。


「加えて移動能力に乏しく、空中を漂うだけが関の山……。こうして動きを封じてしまえば、核まで浸透させる必要もない。後は貴様の魔力が絶えるまでゆるりと待つだけよ。それとも、酸素不足で窒息する方が早いかのう。くくくっ」


 胸の奥から歓喜と快哉(かいさい)が、止め処なく溢れて仕方がない。

 途方もない高揚感、全能感に、口角が(いびつ)に吊り上がって仕方がない。


「む……?」


 溶岩に包まれた小太陽に変化が起きた。

 (しぼ)む……? いや、圧縮か。


小癪(こしゃく)な」


 赫船は足場にしていた溶岩を全面に展開。自らを覆う壁を作り上げる。

 次の瞬間、太陽宮は二十分の一ほどに一気に凝縮。眼も(くら)む大爆破となって樹海を襲う。

 衝撃波と空震。波紋を描くように樹齢幾百年の大樹が一斉に薙ぎ倒される。

 盛大に飛散する溶岩(れき)と火炎の噴煙。それはさながら流星群の如く華麗に尾を引くが、若返りによって()ぎ直された赫船の知覚域は見逃さない。降り注ぐ飛沫片を置き去りに、高速の飛翔体が一つ、天高く駆け昇ったことを。


 壁を解除し、星空を見上げる。


「ふん。見下しおって。それで優位に立ったつもりか」


 (にら)む先には、全身を炎に燃やす鳥のようなものが浮かんでいる。

 鳳凰(ほうおう)。いや、形状的には天狗というべきか。翼人の形態をした炎の塊。


「貴様自身は、その姿を八咫烏(ヤタガラス)と呼んでいるようだな。強襲機動に特化した飛翔甲冑(かっちゅう)。くくくっ、知っているぞ。貴様の手の内はお見通しだ!」


 赫船は足元の溶岩海を操る。幾重もの竜巻を練り上げ、八咫烏を急襲する。

 翼から炎の推進剤を吹き上げて、八咫烏が宙を滑る。

 迫る竜巻群の間を巧みに回避し、通過に合わせて翼を一閃。竜巻が一つ掻き消された。

 赫船は(わら)う。


「くくくっ、そうだ。そうことなくては。あの程度で終わるなど興覚(きょうざ)めよ。貴様のせいでどれほどの屈辱を味わったか。百度嬲り殺したとしても気が済まぬ。そうだ。精々華々しく足掻(あが)け、藻掻(もが)け……! 貴様は儂が殺すのだ。今度こそ殺すのだ。殺す、殺すぅ、コロ? 殺し、ころ……くははははははっ」


 僥倖(ぎょうこう)。まさしく僥倖だった。

 本隊が安全に通る侵攻ルートを模索している最中に起きた、二度目の夜魔襲撃。

 凡庸な有象無象の突撃を、退屈交じりにいなしている最中に、彼奴等(きゃつら)は現れた。

 奇妙な大鎌を振り(かざ)す、身馬一体の騎士集団。

 炎術師に対して無謀にも接近戦を挑んで来た騎士たちに、疋嶋は間を取り、自身の魔術である炎の円輪を投擲(とうてき)した。

 炎術に触れれば、(たちま)ち生ける松明(たいまつ)となって死に絶える。だというのに、騎士どもは突撃を止めなかった。

 鎌の一閃で、円輪は跡形もなく消失。疋嶋は驚きの表情のまま切り伏せられた。

 赫船は、その様子を()したる驚きもなく見ていた。

 未熟な術を展開したばかりに無能者が一人死んだ。その程度に思っていた。

 瞠目(どうもく)したのはここからだ。

 袈裟斬(けさぎ)りにされ絶命したと思っていた疋嶋が(うご)いた。不気味に蠕動(せんどう)し、あろうことか小さく縮んでいく……。

 内臓露出や体液放出、筋組織の硬直に伴う萎縮ではない。

 縮小と同時に、変化している。

 肌の質感、髪の生え際、指の皺……。

 齢五十を超えたはずのそれらが、徐々に瑞々(みずみず)しく|張りのあるものに変わっていく……。


 赫船は食い入るようにそれを見つめていた。

 忘我の境地。恐るべき集中が、騎士の姿を無いものとした。

 鶴来が警告の叫びを発した時には、大鎌の刃が首の間際にまで迫っていた。

 咄嗟(とっさ)に右腕を掲げて、尺骨に刃先が食い込むと同時に身を捻る。血肉を切らせての受け流し。

 宙で一回転して華麗に着地した赫船へと、鶴来と妙蓮が慌てた様子で駆け寄って来る。

 が、赫船は意に介さなかった。彼等も自身の怪我も、どうでも良かった。

 片腕に焼け付くような激痛を覚えてなお、眼は疋嶋を捉えて離さなかった。

 疋嶋は、叢に横たわっていた。自身の衣服に半ば埋もれるように包まれて、勾玉状の胎児となってびくんびくんと震えていた。

 騎士を追い払った後、赫船は疋嶋を(あらた)めた。

 疋嶋は絶命していた。母の胎内にいる頃と、何一つ変わらぬ姿で死んでいた。

 鶴来と妙蓮はその変貌に衝撃を受け、次いで、胎児の死骸を掴みしげしげと眺める赫船へと驚愕の表情を浮かべた。

 二人の視線に気づき、何事かと赫船は原因を探った。

 先程斬られた右腕か……? そういえば痛みが薄くなったような……。

 視線を落とし、愕然とした。

 濡れる血を急いで拭い、地肌を夜気へと露わにさせて、茫然とした。

 そこにあったのは、筋骨隆々とした若人の皮膚。躍動する関節に、強張らない柔軟な腱……。付けられたはずの裂傷は微塵(みじん)もない。


 若返っている。

 その事実、実感に、凄まじいまでの歓喜、興奮が押し寄せた。

 狂喜乱舞する中で、赫船慈榮は確信した。

 騏堂成叡が儂に妖魔討滅の派遣を請うたのは、この断片を是が非でも確保するためなのだ、と。


 滑空する八咫烏へと矢継ぎ早に溶岩竜巻を繰り出しながら、赫船はにんまりと笑う。

 そうだ。騏堂成叡は盟友だ。奴は儂の理解者であり、儂は奴の食客だ。

 したたかな男よ。儂も(だま)された。長きに渡って好々爺(こうこうや)を装い、好機が到来するや牙を()き、六紡閣を瞬く間に掌握した。

 粛清には儂も協力した。十分に尽力し、三条橋家を顎で使えるだけの身分と待遇を得た。

 だが、これで満足したわけではない。

 折しも、次元破断の襲来。連合首座を定める争奪戦が始まった。

 連合首座。極東魔術師最高峰の地位が手に入る、絶好の機会。

 騏堂としても、ときめかないはずがない。

 だが、惜しむらくは、その身体。臥竜(がりゅう)ゆえの雌伏(しふく)は、月日と引き換えであった。

 老いばかりはどうにもならない。そうだ。騏堂も儂と同じように嘆いたはずだ。

 若ささえあれば。かつての躍動と闊達(かったつ)さがあれば、必ずや勝利を掴めるはずなのに、と。

 騏堂よ。そこに、この原始樹海の断片の情報が舞い込んだのだろう?

 若返りの断片の存在に、貴様は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)したはずだ。

 欲しい。喉から手が出るほど欲しい。儂もそうだ。

 だから、確保に向かった。儂にも声をかけた。

 入念に下見を重ね、図々しくも入植していた夜魔を排除するために討伐隊を組織した。隊には実戦経験に富む儂を据えて、確実なる断片の入手を試みた。

 刑部を総指揮官としたのは、儂が新参の外様(とざま)ゆえ。譜代の連中を(おもんばか)っての措置。儂を(ぐう)したいのは山々だが、組織の和を乱してはとのことだろう。

 儂には、全て解っていた。だから、(わきま)えて刑部に譲ったのだ。あの生意気な小僧の不備を補うことこそが、騏堂が儂に委ねた役割であると心得ていた。

 だというのに――


「刑部め。儂が断片に近づいたことを悟って、先に手に入れられまいと嘘を吐きおった。あわよくば、儂と騏堂を仲違いさせようと……」


 何が、騏堂は断片の確保を望んでいない、見つけ次第破壊しろ、だ。

 そんな馬鹿げた話があるものか。このように我が身でとくと味わったからこそ理解できる。この力は素晴らしい。神よりの賜りものがあるとすれば、まさしくこれだ。

 儂は騏堂の盟友だ。その儂が、騏堂の思惑を理解できぬはずがない。

 騏堂よ、二人でこの恩恵を味わおうではないか。素晴らしいぞ、この力は。


「まだまだここからよ! 海よ、吹き荒れろ! 嵐よ、巻き起これ!」


 赫船の呼びかけに応じ、溶熱海が激しく泡立つ。

 夜魔から提供された、領域からの魔力抽出機構。どのようなものかと疑っていたが、地下霊脈との呼応によって、消費魔力の二割ほどがそちらから担保される仕組みのようだ。なかなかに便利。

 火礫弾を吐き出しながら立ち昇る竜巻は、六本を超えている。これまでの人生での最高記録。だとすれば、今こそがまさに全盛期であり絶頂期だということか。


「くくくっ。こればかりは夜魔に感謝だ。いや、彼奴等は儂の軍門に降ったな。配下であれば主人に奉仕するのは当然のことよ」


 夜魔は、疋嶋の死後、再び接触してきた。

 だが、それは戦闘のためではない。交渉、そして降伏のためだ。

 (かしず)く夜魔どもは言った。


『貴殿に敵わぬことは、先程の戦闘で痛い程思い知った。ひいては降伏を申し出る。あの大鎌――模倣断片のオリジナルを提供するので、どうか我々を保護してほしい。次元破断の断片を得て連合首座となった貴方の下で……』


 最初は疑ったが、若さが身に染みるにつれて()に落ちるようになった。

 炎術師に夜魔が対抗できないことは自明の理。そして、夜魔は、既に追い詰められていた。

 七凶聖の不嶽鍊。奴が刺客として夜魔を滅ぼすためにやって来ようとしている。

 双方から殺されかねないのであれば、どちらかに(なび)き、命乞いをする。納得だ。

 儂を若返らせるのも、夜魔に代わって不嶽を倒してもらい、その後の儂の栄華治世を永久とするため。儂が極東での夜魔の保護者となれば、奴らにとってもその方が望ましいに違いない。

 なんと見事な転身だろう。慧眼(けいがん)ですらある。

 妙蓮が欲しいと言われた時には少々面食らったが、儂を若返らせるための検体が必要であるならば仕方がない。鶴来は従順ゆえに残しておいたが、あの馬鹿め、儂の温情を無にしおって。

 見よ。夜魔は嘘をつかなかった。若さを提供した。ならば、主人として護ってやろう。

 しかも、あの憎き不嶽を殺せるのだ。是非もないではないか。


「ふん。ようやく来たか」


 鋭敏な聴覚が微かに捉えたジェットタービンの風斬り音に、赫船は煙る稜線を見遣って呟く。

 太陽宮。八咫烏。

 どちらの魔術も、赫船は十二分に知悉(ちしつ)している。

 ゆえに、対策は万全だ。

 高速移動が売りならば、それを凌ぐ運動量と機動力で攻めればいい。


 MIG(ミグ)-21。

 夜魔に用意させた、二基の超音速戦闘機が来援する。

 空中格闘戦を主眼として改造されたそれらに、レーダーやガンポッドなどの兵装は一切ない。その身を持って八咫烏に突撃するためだけに、鋼鉄の特攻兵器は宙を駆ける。


「………」


 (たく)みな連携で迫る黒い二つの影に対し、八咫烏は両手から熱線を射出。だが、コックピットと同化した触手型生命体の人間離れした回避運動により、二条共に(かわ)される。

 恐怖も生への執着もない特攻兵器は、標的着弾のための最終段階に移る。八咫烏の翼から発射される炎の散弾にめげることなく、二基はそれぞれ左右に分かれて旋回を開始する。

 八咫烏は二兎を追うことを諦め、炎翼散弾を片方に集中。円弧を描いていた一基が、後尾翼の破損によって不意に傾いだ隙を狙って撃墜するが、その時にはもう、左に回った一基は最終加速を終えていた。

 回避不可。そう判断するや否や、八咫烏は超音速の槍へと向かって両腕を突き出す。

 そして膨大な魔力を全身に(みなぎ)らせーー


「………‼」


 途方もない衝突係数を秘めた鋼鉄の塊が、八咫烏に激突する。

 魔術師とはいえ、素体は人間。どう考えても無事で済むはずがないのだが、八咫烏は耐えた

 ぐちゃぐちゃになったコックピットに押し潰され、機体の半ばまで埋もれながらも、原型を保持。

 それどころか激突の際に爆発推進によって自ら前へと飛び出したらしく、慣性を完全に殺しきって虚空に静止さえしていた。


「……やるな。だが、動きが止まったぞ‼」


 ここだ。必勝の確信も高らかに、赫船は六本の溶岩竜巻へと一斉突撃を命令する。

 鉄の(かせ)からは直ぐには逃れられまい。全身を纏う飛翔甲冑の魔力も確実に減衰している。


(殺った……!)


 六つのサイクロンが、上下左右、正面背面から、太陽の化身をそれぞれの口で呑み込もうと押し寄せて―――


「………なんだと⁉」


 まるで悪夢か、冗談か。

 赫船は眼を()く。

 突如として顕現した、巨大な……、巨大な炎の神のごとき右脚が放った延髄(えんずい)斬りに、六本の溶岩竜巻全てが根こそぎ薙ぎ払われるという、そんな荒唐無稽(こうとうむけい)の光景に。

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