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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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溶熱海Ⅱ

 

「はあ、はあ……」

「大丈夫かい、巴ちゃん? だいぶ、息、上がっているけど」


 どこか能天気に尋ねる刑部宵親に、魔力を使い切って腰砕けとなった妙蓮巴は恨みがましい視線を送る。


「っとに……、私は精密狙撃がメインで……、炎術自体の火力は……、大したことないんだって……。それで……、はあ……、うまくいったの……?」

「ああ、最高のタイミングで横槍を入れられた。ご苦労さん。後は休んでいてくれ」

「そうさせてもらうわ……。うえ、気持ち悪……」


 叢へと座り込み、そのまま横に倒れる。

 青臭い匂いが鼻に突くが、そんなことどうでもいい程に倦怠感(けんたいかん)(つの)って頭が痛い。 

 

「魔力切れになると低血圧になる癖、直っていないんだな。そばかすに日焼けがトレードマークだった顔も、すっかり色白の美人さんになっちまって……。月日の流れを感じるなぁ」


 感慨深げに煙草を(くわ)えた刑部に、妙蓮は蒼褪(あおざ)めた顔で小さく微笑(ほほえ)む。


「そんなの当たり前でしょ……。私達は変わったわ。取り巻く環境も、立場も、境遇も……」

「いつまでも子供のままじゃいられない、か……。そうだな。過去を懐かしむことはあっても、囚われてはならない。居心地良さに留まってはいけない。変わるべき時に変わらなければ、そこで終わりだ。もう何処にも行けはしない……」

「……それは教訓? それとも餞別(せんべつ)の言葉かしら?」


 妙蓮の問い掛けに、刑部は笑った。


「さあて、どうかな。ま、いずれにせよ巣立ちの時だ。良い機会だと俺は思うよ」


 この場にいない青年を想って煙を吹かす刑部の言葉に、妙蓮は嘆息する。


「いいの? 騏堂成叡の指令だと、五体満足での帰還が絶対条件なんでしょ?」

「この程度で終わるなら、それまでの器だったってこと。惜しむべく何物もない……って、カッコつけたら誤魔化せるかなぁ。流石に無理か」

「こうなった以上は、無事に戻って来ることを祈るしかないわね……。ま、それはこっちもだけど……」


 妙蓮はちらりと空を見上げる。

 溶岩竜巻を蹴り飛ばせるほどに巨大化させた炎脚の顕現は一過性のもの。既に消失している。

 竜巻と相殺(そうさい)ではない。夜魔によって若返った赫船慈榮は、領域の加護を得ている。妙蓮のありったけの魔力を籠めても、存在力を減衰させるのが精々。溶熱海から溶岩を補填(ほてん)し、竜巻は再び荒れ狂う姿を取り戻そうとしている。

 対する不嶽鍊は、未だ戦闘機に身体を埋もれたままだ。

 だが、その首は炎脚の発射地点――こちらを真っ直ぐに見詰めている。

 その様子になんとなく不気味なものを感じて、妙蓮は刑部へと問いかけた。


「ねえ、あんたの言う通りにやってみたけど……、本当に大丈夫だったのよね? 不嶽とは満更知らない仲じゃないから話し合いに持ち込める……。あんた、自信満々にそう言ったわよね?」

「ああ、仕事先でバッティングする度に殺されかけている間柄だ。俺に気付けば、目の色変えてやって来るだろう。多分、遮二無二(しゃにむに)突っ込んで来る」


 思わぬ初耳に、妙蓮はがばっと起き上がる。


「はぁ⁉ な、なんで……⁉」

「ん? 俺が奴に命を狙われている理由か? 大したことじゃないさ。だいぶ昔に不嶽とガチで戦って、運良く勝ったことがあるって話だ。判定勝ちだけどな。以来、ずっと眼をつけられている。俺と殺し合いがしたくて仕方がないんだとさ」

「どう考えても友好的ではなさそうなんだけど⁉」

「おーい、こっちこっちー」

「ちょっ、暢気(のんき)に手ぇ振ってんじゃないわよ! あんたはともかく、私、魔力欠乏で動けないんだから! 巻き込まれたら死んじゃうって!」

「伊勢三島での一件以来か……。いや、あの時は熱線の遠距離攻撃で輸送機を堕としただけだったから、直に顔を合わせる機会はなかったな。しっかし、家督院の要請とはいえ、外法師の闇組織一つ潰すのに連合に総動員をかけるかねぇ……。結局、性急すぎたせいで黒幕も暴けず尻切れ蜻蛉(とんぼ)で終わったし。はあ、これだからお役所仕事は……」

「やれやれじゃないでしょ! に、逃げないと!」


 しかし、もう遅い。

 ニヤリと八咫烏(ヤタガラス)の顔が歪んだかと思うと、その姿が掻き消える。

 バラバラに分解して地面に零れていく戦闘機の残骸。それを置き去りに、炎の多重噴射で爆発的な推進力を獲得した八咫烏は宙を疾駆する。

 水面を貫く翡翠(カワセミ)(ごと)く。すなわち、こちらへと向かって一直線に。


「……‼」


 ソニックブームすら発生する速度。魔力欠乏から炎熱防壁を張ることもできない。

 それでも妙蓮は顔の前に自身の腕を交差させようとして、なぜか棒立ちの刑部に気付く。


(何で無防備―――)


 妙蓮は、そこで信じられないものを眼にする。

 刑部にぶつかる直前で、八咫烏が(まと)う炎が解ける。

 満開の桜が舞い散るように、無数の花弁となって剝がれていく炎鱗(えんりん)。その中から姿を現したものは、相対速度を完全に消滅させると自身の脚で駆け出し、そして満面の笑顔を浮かべて刑部の胸へと飛び込んだ。


「わー、なんでなんでこんなところにいるのー⁉ もしかして、ボクに逢いに来てくれたとか⁉ わー、めっちゃひさしぶりで、めっちゃうれしいよー! もー、ヨイチ、大好き! 大好き、ちゅっちゅ‼」 


 刑部の無精髭にも構うことなく頬摺(ほほず)りし、キスの嵐を降らせることに余念がないのは、改造制服姿の女子高生。

 うっとりと藤色の虹彩(こうさい)を発情させている絶世の美少女が、そこにはいた。


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