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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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神体建造区

 

「技術部研究棟は、四つの区画により構成されています」


 資材保管区。

 重機の駐機場なども兼ねており、バイオ化合物や生体物質が厳密な安全基準の下、保管されている。

 途中、全身防護服姿のスタッフが、バイオハザードマークがかかれたドラム管をトラムに乗せて運んでいるところに出くわした。なんでも、高濃度汚染物質を処理するために、高温焼却炉へと運搬している最中であるらしい。


「あの作業員は事故の救援に向かわなかったのか?」

「はい。一部スタッフはそのまま業務を続行するように通達されています。遅延滞留が許されない作業もありますので」

「………」


 培養区。

 夜魔が使役する触手型生命体(ルーグ)の機械的培養をしている。

 これまで触手型生命体を殖やすには、夜魔体内での長期間飼育時のみ生える芽胞から分裂を促す以外になかったが、芽胞発生促進剤の開発と体内環境の人工再現により、大量生産することが可能となった。

 夜魔との主従関係を本能に刻み込む触手型生命体は、命じられれば何でも言うことをきく。ほとんど知性がないため複雑な命令は解さないが、それでも単純労働には最適だ。短期間で長大な地下拠点の建造が可能になったのも、彼らの貢献に依るところが大きい。

 

「………」

「………」


 成長経過観察用の窓から覗いた、長大なアクアリウム。

 透明な人工漿液の海の中を、群れを成して元気一杯に触手型生命体が泳いでいる。

 蜈蚣(むかで)海月(くらげ)を融合させたようなグロテスクな見た目ではあるが、不気味さは感じない。

 それが夜魔独特の感性ではない証拠に、隣で一緒に水槽を眺める娘も感銘を受けているようだ。

 月光に似た照明を浴び、幾重もの輪が連なっては躍る。踊っては離れ、また繋がる……。


「此処は私たちにも人気があります。見飽きないと」

「そうか……」

「次に行きますよ」

「………」

「行きますよ」


 断片構造分析区。

 この森にあった断片を解析し、その構造形態を研究するための専門機関が設置されている。

 断片の神威倶化の確立。逆三日月の大鎌はここで生まれた。

 完全部外秘であり、上級スタッフでさえ技術総監との同行なしでは入れない。


「ブラックボックスのため、どこにあるのかもお教えできません」

「先行試作体――つまりは私が生まれた場所でもあるそうだが、それでもか?」

「はい、お教えできません」

「………」


 ちなみに、ハウザーら一部を除き、眷属は王城にある『揺り籠』によって殖やされる。

 眷属は、王の血を注入した人間の死骸より生まれる。死骸は霧郡に無数にあったため、確保するのに困ることはなかったそうだ。素体となった人間の記憶は王より継承された記憶素子によって上書きされるため、生前の行動様式や慣習に引っ張られることはない。

 ただ、軍団長のジゼルは『揺り籠』建造以前、『腑分け』という王自身の分裂によって生まれている。純血性という意味ではもっとも王に近い存在であるため、巨大な権限を有するのも、ある種当然と言えるだろう。


「こちらの通路を真っ直ぐにお進みください。神体建造区へ向かいます」


 神体建造区。

 それは、神体――断片を操ることに特化した専用素体を建造するための区画。

 この霧郡を亜空隙に堕とした超常神秘である次元破断は、その断片であっても常軌を遥かに逸した権能を有していた。

 夜魔の資質をもってしても模倣品一つ満足に動かせず、精神崩壊によって自滅する有様。(いわん)やオリジナルにおいては誰にも扱えず、偉大なるフェルキア王でさえ暴走を制するので精一杯。

 ならば、と技術総監が説いたのが、断片を操るための専用の肉体、神体を造ること。王を神体に搭乗させ、神経接合による二身合一を図る。これにより王は何人も凌ぐ神のごとき力を得ることができるだろう。

 極東再侵攻を果たすためならば、と王は了承し、技術総監は研究を開始。まずは模倣断片を自在に操れる先行試作体の製造に着手し、その経験蓄積をフィードバックさせることで同時並行的に神体建造計画を推し進めた。

 ハウザーたちは、生命機能を媒介とすることで模倣断片とほぼ強制的に親和性を確立させている。大鎌が心臓そのものであり、鎌が砕けることがあればそれは即ち自身の死を意味する。他者に譲渡もできないため、一生を共にする影となって模倣断片は傍らにあり続ける。


(はたして、王もそうなるのだろうか……)


 ハウザーは自らの境遇に不満はない。

 そのような設計思想によって最初から造られた存在である。不満を持つ方がおかしい。

 逆三日月の大鎌に対する違和感はあるが、それは夜魔としての本能が発する忌避感が原因。つまりは、自然な反応だ。受け入れてしかるべきだと考えている。

 だが、それでも振り払えはしなかった。

 この異能がいずれ自分を滅ぼすことになるという泡立つ不安は、どうしても。

 

「………」


 神体と合一した王が、断片を振るう。素晴らしいことだと思う反面、案じずにはいられない、

 それとも、これも臆病さゆえなのだろうか。

 試作品の自分などでは及びもつかぬ、真祖の中の真祖たる王の器を信じ切れていないだけなのか。

 

「………」


 考え込んでいたのだろう。通路はいつの間にか鉄橋へと変わり、踏み出す脚は空中回廊を踏んでいた。

 吹き(さら)しの空間。十五メートルほどの眼下には、静寂を(たた)えた水面がどこまでも広がっている。深度も、貯水量も、先程の培養水槽の比ではない。

 鋼板舗装された壁面には、半壊したリフト付きのパワーアーム。よくよく喫水線を注視すれば、潰れた標識ブイにエアータンクやダイビングフィンの残骸。半転覆のまま放置された潜水艇らしき機材の塊も浮かんでいた。


「………」


 ハウザーは簡易通路としても心もとないキャットウォーク、その手擦りへと視線を移す。

 度重なる破損に、何度も溶接で繋ぎ合わせた痕跡。吊り下げ式のワイヤーは天井基部が喪失しているせいで左右非対称で、脱落したまま放置されている柵の周囲にはどす黒い飛沫の塗装がこびり付いていた。


「……陰鬱だな」


 思わずそう口にしてしまったのは、非常誘導灯のちらつきが目立つほどに周囲が暗澹(あんたん)としていたからかもしれない。

 他の区画と比べても、この地下湖は薄暗く雑然としている。これまでの研究部署にあった理知的な整然さは微塵もない。荒々しくさえある。


「そうかもしれませんね。このエリアの専業従事スタッフの事故死亡率は群を抜いて高いですから。本格稼働してからは、三十九名が殉職しています。復帰不能判定者を含めれば四十四名ですね」


 先を歩く秘書官が振り向かずに答える。


「随分と、危険な場所のようだな」

「そうですね。あまり長居はしたくないというのが本音です」

「では、なぜ此処を通る?」


 半ば答えはわかっていた。だが、あえて尋ねるハウザーに、秘書官はまたしても振り返らずに応える。


「此処がその神体建造区だからです」


 やはりか。嫌な予感が沸き起こるのをひた隠し、ハウザーは重ねて問いかける。


「では、王に捧げる神体……。それは何処にある? 王も此処にいるのか?」

「それは――」


 その時だった。

 足元に震動が奔る。

 微震。だが、次の瞬間、身体を突き上げる衝撃が――


「……⁉」


 撥ねるキャットウォークの床鉄板。踏ん張りがきかない環境下で、身体がふわりと浮かび上がる。

 視界の端で捉えたのは、重油のような鏡面を輝かせる地下湖。その奥深くから、何か巨大なものがせり上がって来ようとしている。このままだと間違いなく空中で衝突だ。

 だが、ハウザーに焦りはない。

 空中で身体を捻り、手摺を踏み台にして跳躍。

 まずは成す術なく宙へと放り出された奴隷を回収し、天井へと逆様に着地。

 再び跳躍し、今度は落下中でも無表情のままの秘書官を確保。

 盛大なる白波を巻き上げて出現した鯨影(げいえい)を背景に、荒波に翻弄(ほんろう)されている転覆潜水艇の(いかだ)の上へと着地する。


「~~‼ ……っ‼ ……‼」


 どうやら天井に頭をぶつけたようで、苦悶(くもん)の呻きを上げている右脇と、


「ありがとうございます。おかげで記念すべき四十体目の殉職者にならずに済みました」


 図太く礼を述べる左脇。


「無事なのは結構だがな……」


 ハウザーは振り返り、水面を突き破って飛び出して来たものの正体に眉根を寄せる。


「何だ、これは?」


 無理矢理に例えるならば、腹足網(ふくそくこう)の軟体動物。

 翼状の側足を持つ無殻翼足類のような形状をしているが、ゼラチン質ではなく分厚く白い皮膚を纏っている。

 陰影の印象通りに体躯は小型の鯨ほどもあるが、凄まじいのはその全長。未だ水面下に浸っている部分を含めずとも優に三十メートルは超えている。

 それが五本。ギザギザの歯牙が生え揃う口円錐(こうえんすい)をぱっくりと開き、互いに絡み合うようにして(うごめ)いている。

 視覚器官が見当たらないのでこちらを認識しているかは不明だが、殺意はない。だが、殺戮(さつりく)の意図はある。

 蠕動(ぜんどう)しながらうねる二本の白鯨紐(はくげいひも)に挟み込まれた一本の動きが止まる。前にも後ろにも動けない。苦しむように口円錐を大きく開ける。そこを見計らい、別の二本が食らいつく。 

 みちみちという(きし)みに、ぶちりという嫌な音が唱和して、無残に切断された白鯨紐の頭部?

 大きな水飛沫があがり、切断面からは透明な血漿(けっしょう)が噴水のように巻き散らされた。

 四本の白鯨紐が落ちた頭へと殺到する。撒き餌に食いつく養殖魚のように。あるいは、泣き叫ぶ女を犯そうとする匪賊(ひぞく)のように……。


 ハウザーは、同じ言葉を繰り返す。


「何だ、これは?」


 ハウザーの緩む腕から筏へと降りた秘書官が、平然と答える。


「問題ありません。自然界でよく見られる共食い現象と同種のものです。栄養供給は万全ですので、閉塞(へいそく)環境下でのストレス発散が目的。所詮(しょせん)副足肢(ふくそくし)(たわむ)れです。神体本体への影響はほとんどありません」

「そうか……」


 この(おぞ)ましい白鯨紐の怪物が、神体の一部。

 私と同じ設計思想を持つ、私の同胞。私という先行試作体(かのうせい)から辿り着いた到達点……。

 これが、そうなのか?


「………」


 ふと気が付くと、またしても、脇に抱える魔術師の娘がこちらを見詰めている。

 ハウザーは隠すことなく溜息を吐く。

 そうだ。そうだな。自分が何者で、何を成すべきなのか。それを忘れてはいけない。


「私の案内はここまでになります。質問があれば、この先で待っている技術総監に直接お尋ねください。そちらの素体を連れて、どうぞ中へ」


 キャットウォークに戻り、真っ直ぐ進んだ行き止まり。

 半球形状の凹みだらけの複合合金の隔壁にあって、そこだけキズ一つない銀色の扉の前に立ち、秘書官がハウザーへと告げる。

 ハウザーは無言で頷き、言われるがまま、秘書官が操る端末からの認証コードによって解除されたエレベーターへと足を踏み入れる。

 階数表示も開閉ボタンも付いていない、無機質な狭い円筒状の空間。

 扉が閉まり、降下が自動的に開始される。


「ここまで来れば、もういいだろう」


 脇に抱えたままだった魔術師の娘を、エレベーターの床へと落とす。

 身支度も整えてやるべきかと考えたが、勝手に自分でやっていた。荷物扱いされたことに憤慨(ふんがい)しているかと思ったが、どうやらそうした様子もない。

 なら、構わないか。


「技術総監か……」


 公の場で技術総監と対面する機会は(つい)ぞなかった。

 技術部への出向――データ採取用の生体検査やフィードバック診断の時でさえ、上級スタッフが対応するだけで顔を見せることはなかった。

 模倣断片である、逆三日月の大鎌。

 神体の先行試作体として精製された、特殊仕様眷属。

 二重の意味で自らの発生に深く(たずさ)わっているにも関わらず、その容姿も性格も知らない謎の夜魔。


『研究が忙しいという理由だけで王令閣議を平然と欠席するような夜魔だぞ? まともなはずがない。関わらないなら、それに越したことはないぞ。王がその横暴を許しているのだから尚更な』


 一度だけ、ジゼルが愚痴(ぐち)るようにそう語っていたことを思い出す。

 

(軍団長が(さじ)を投げる性格の持ち主。協調性に乏しい(やから)であることは間違いないが、王がその我儘(わがまま)を飲み込むだけの才幹を持ち合わせている……)


 所謂(いわゆる)、天才というやつだろう。赫船慈榮の調整に尽力したのも、この夜魔だ。


(技術総監を脅迫材料にして、軍団長を翻意(ほんい)させることは可能か……?)


 口元に指を添え、真剣に吟味(ぎんみ)する。

 下降が止まり、ドアが開く。

 着いたのか。もう少し熟考したかった。


「………」


 降りようとして、ハウザーは立ち止まる。

 隣では、魔術師の娘がきょとんと眼を見開いて固まっている。

 ハウザーも硬直する。

 目の前に広がる光景。それは――


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