表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/214

第三合流地点Ⅲ

 

 まったく唐突に、どこからか響く声。

 それに合わせて赤熱に揺らめく視界を埋め尽くすように、漆黒(しっこく)(もや)が垂れ込める。

 思わぬ横槍に機先を制されたのは、刑部も同じ。


「おいおい。こいつは、また……。まったくよお」


 と、柊たち三人を中心に渦を巻き始めた靄の壁に舌打ちする。


(無味無臭……。神経ガスや幻覚剤の類でもない。単なる煙幕……?)


 しかし、僅かながら感知できる魔力がそれを否定する。ゆえに迂闊(うかつ)には動けない。


 瞬間、湧き上がる殺意。

 柊がはっとした時にはもう、刑部は回避態勢を取っていた。

 頭を下げる刑部の真上を、左右それぞれから飛来した二条の鋭撃が()いでいく。


「狙い討ちかよ。あっぶねえなぁ」


 軽い口調で刑部が振り向く先に立っているのは、馬の下半身に騎士の上半身を備えた、人馬一体型の夜魔が二体。

 重厚にして秀麗な装飾の全身甲冑。隙のない一挙一動。佇む気配からしても、かなりの力量であることが解る。

 だが、真に着目すべきは、彼らの手に握られている獲物。


(………⁉)


 華美を凝らした鎧とは対照的なまでに素っ気なく、研磨した半月状鋼板を据えただけの無骨で粗野な大鎌に、柊の視線は吸い寄せられる。


「……遥斗。あれ、どう思うよ?」


 柊と同じく眼を細めて大鎌を見遣る刑部の問い掛けに、伏見は困ったような顔をして、


「どうって……。騎馬が扱うには不向きそうな武装としか……」


 騎馬の突進力を生かすのであれば(ほこ)か槍を用いるのが定石(じょうせき)なので、その感想は正しいと言えば正しい。だが、刑部が頭を()いているように、言いたいことはそこではない。


「まあ、そりゃそうなんだが、危機感知の差というか、そこら辺はまだまだ経験不足か。じゃあ、火津摩はどうだ? 早蕨の塔の時と比べて、どう思う?」


 刑部もわかっている。

 柊は神妙に頷く。


「まったく同じかはわからない。薄い気もするし、ぼんやりとしている気もする。だけど、この異質さは一緒。次元破断の断片と思って間違いない」


 ニヤリと刑部が笑う。


「俺も同意見だ。ありゃあ、かなりヤバいな。黒づくめの騎士が死神の鎌を持って登場とか、寒疣(さむいぼ)が立って仕方ない。なんだよ、その中二病センス。それでかっこいいとか思ってんのかねー。きっと赫船もあれに感化されたんだぜ? なんせ腕に包帯巻いてトリップするくらいだ。おっかねー」


 茶化してはいるが、赫船の異変があの大鎌に起因すると言う刑部の見立てには柊も賛成だった。

 元々反抗的だったとはいえ、赫船の離反はあまりにも狂奔(きょうほん)的だった。整合性が取れない発言も多々あり、若さに深い執着心を抱いていたことを差っ引いたとしても、腕を噛むなどの振る舞いは異常に過ぎた。

 

(右腕を包帯で隠した……若返った頃から赫船はおかしくなった)


 次元破断の断片は精神を侵食する。

 阿万鵺奏弦(あまやそうげん)によって無尽胎蔵(むじんたいぞう)の力を貸し与えられた瞬間を思い出し、柊はぞっとする。

 魂を犯され、(もてあそ)ばれる。自我と無意識の根底にある静謐(せいひつ)な何かを咀嚼(そしゃく)され、絶対に元へと戻らぬようにぐるぐると攪拌(かくはん)される、そんな途方もなく悪辣(あくらつ)な不快感……。

 柊と同じような作用が赫船にも働いたのかはわからない。軽度か重度かも不明だが、これだけは言える。

 自分とは違う。もはや取り返しはつかない。

 だから、柊は頭を切り替える。

 そうだ。目を向けることは他にもある。

 夜魔騎兵はそれぞれに断片大鎌を(たずさ)えている。つまりは――


「断片を、複数に分割している……? それとも最初から複数本存在していた?」

「んー、群体ってことか。旦那の話からするとそれはなさそうだが……、いや、あり得るのか? うーん……。ま、それは後で考えるとして、これで夜魔が断片を掌握(しょうあく)していることは確定だな」


 刑部が言い終わるや否や、夜魔騎兵が再度突撃を開始する。

 一体は真正面から刑部に。

 もう一体は煙幕の壁に沿うように弧を描き、刑部に(まも)られている柊たちの背後へと。

 これみよがしの陽動に、しかし、刑部に動揺はない。

 跳躍と同時に大上段から振り下ろされる大鎌の唐竹割を、半歩身体をずらすことで回避。

 背後からの襲撃には、柊たちの盾となるべく動いた炎腕から火炎弾を吐き出させることで、疾駆する夜魔を牽制(けんせい)。近寄らせない。


「へえ。やるねえ。単なる雑魚じゃなさそうだ」


 刑部が賞賛(しょうさん)の声を上げる。

 炎術に対し著しい脆弱性を有しているにも関わらず、果敢に挑む夜魔騎兵の動きは洗練されていた。

 射程と爆発範囲の予測。予備動作への対処。死角への入り方。

 いずれも落ち着き払って行動しており、無駄がない。どうやら近接戦闘に身体能力を特化させた個体であるようだが、これまでの行軍や会敵でこちらの動きを逐次監視し対策を練っていたのだろう。

 あまり良くない状況だ。更には――


「……隊長」

「わかっている。敵の増援だろ?」


 黒靄が(うごめ)き、完全武装の夜魔歩兵が次から次へと排出される。

 一体一体は大したことないが、数は力だ。準備が整えば、犠牲を承知で圧し潰して来るはず。そうなれば、いずれは魔力切れに追い込まれて詰みだ。

 巧みなステップで火炎弾の弾幕から退避した夜魔騎兵が、今度は正面突撃へと回ろうと馬脚を駆けて――


 ずずずずずううううううううううううぅぅぅぅぅ


 靄を突き破り、灼熱の溶岩が突如として押し寄せる。

 成す術もなく吞み込まれ、灰燼(かいじん)と化す間もなく消えていく歩兵たちを前に、そこで初めて夜魔騎兵は素の感情を露わにした。

 ぎょっと硬直し、眼前に迫った溶岩へと慌てて大鎌を振るう。

 両刃の鎌の切っ先が溶岩の波濤(はとう)へとめり込み、次の瞬間、赤熱する津波がぱっと消える。まるで手品の消失マジックのように、あっさりと。

 地面に刻まれた燃焼溝や、揺らめく熱の余波。そして燃焼不十分の状態で散らばる夜魔の(むくろ)はあるのに、溶岩だけが消えている。


「今の、見た?」


 柊の問い掛けに、刑部が応じる。


「ああ。面白い能力だな。術式の強制解除か? 気になるが、どうやらじっくり観察している暇は無さそうだ」


 ずずずうううううううううぅ

 ずずずうううううううううぅ

 ずずずずずうううううううううぅぅ


 刑部の言う通りだった。

 黒い靄を乗り越えて、溶岩の海が四方から競り上がって来ている。

 包囲網の構築。しかし、それはどうやら夜魔に対しても同様のようで、藁のように燃え盛る夜魔は逃げ惑い、もはや軍勢としての統率を完全に喪失している。

 夜魔騎兵も配下の混乱に場を乱され、動きが取れなくなっていた。


連携(れんけい)しているわけじゃなさそうだな。となると、この襲撃は行き当たりばったり。赫船の孤軍を見るに見かねて、夜魔が救援に乗り出したってところか……」


 考え込む刑部に、伏見が念を押すように尋ねる。


「赫船さんは……、本当に夜魔に寝返ったんですか?」

「たぶんな。体良く利用されているだけかもしれんが、それでも取引めいた言葉を口にしたんだ。流石に無関係ではないだろう? しっかし、まあ、どうしたもんかねえ。事情聴取のためにも、殺してお終いというわけにはやっぱいかないかぁ。あーあ」


 深く溜息を吐くと、刑部は二人へと首だけで振り返り、言った。


「この状況下で赫船を捕縛拘束することは不可能だ。撤退する。火津摩、俺が殿(しんがり)を務める。伏見を連れて退却しろ」


 わかっているな、との刑部の目配せに、柊は無言で頷く。


「え? 一人で残るつもりですか?」


 これだけの軍勢を前にと驚く伏見に、刑部はやれやれと鼻を鳴らす。


「他にできる奴もいないだろ? ってか正直言って、俺が本気出すにはお前らが邪魔なんだよ」


 刑部は両の炎腕を操ると、それを迫る波濤の真っ只中へと突き入れる。

 (とろ)ける溶岩は無形。火神の腕をもってしても掴む端から零れていくが、赫船の尋常ならざる魔力も、不敵に口元を綻ばせる刑部を凌駕(りょうが)するには至らない。

 遂に炎腕は分厚い波を両断し、静寂を(たた)える森へと抜ける路を切り(ひら)く。


「ほれ。巻き添えになりたくなけりゃ、とっとと行った行った」


 こうなれば、もはや四の五の言っている場合ではない。

 それは伏見も解っていた。


「先に行くわ」

「刑部さん、また逢いましょう」


 はいはい、と振り返らずに手を振る刑部を残し、柊と伏見は一足飛びに闇へと駆けた。



             ◆



 目にも鮮やかな赤熱の円と、薄汚く淀む黒の靄。

 耳を澄ませば、混迷に戦慄(わなな)く同胞たちの阿鼻叫喚(あびきょうかん)が聞こえるようで、崖の突端に佇むそれはひっそりと(あき)れ果てる。

 だらしがない。仕様がない。覚悟がない。

 俯瞰(ふかん)すれば、どれだけ無様か良く分かる。霊長類たる夜魔であっても、適切な指揮者がいなければ烏合(うごう)の衆と言うことだろう。あの二人には荷が重すぎたというところだろうか。

 本来であれば即刻駆け下り、態勢を整えるべく差配(さはい)を振るうところではあるが、そういうわけにもいかない。

 遊軍として自分があるのは、軍団長より課せられた任務ゆえ。


「………」


 それは、兜の隙間から覗く紅玉眼を細くする。

 包囲網から脱出する二人の魔術師。若い人間の男と女。

 やはりこうなったか。

 嘆息(たんそく)し、片腕を上げる。背後に控えていた(しもべ)たちが首を上げて耳を(そばだ)てたのが気配でわかった。


「行け」


 合図と共に、いくつもの肉厚な颶風(ぐふう)が脇を通り過ぎていく。我先にと崖から飛び降り、広大な樹海へと身を投じて消えていく。

 最後の一匹が森へと堕ちるのを確認すると、人馬一体と化すそれは虚空(こくう)へと手を(かざ)す。

 掌から血肉を掻き分け、ずるりと抜け出る鋼の光沢。

 鋭利に砥がれた逆三日月型の刃を、触手生命体を用いて大鎌へと変え、それは音も無く(きびす)を返す。


 さて、狩りの始まりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ