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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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第三合流地点Ⅱ

 

 呼び止める刑部の声に、赫船が面倒臭そうに振り返る。


「なんじゃ、若造。まだ何か用か?」

「ああ、大事な要件だ。本来ならあんたらに教える必要はないんだが、今回の断片捜索に関する騏堂の旦那の狙いについて話しておく。仕方ないこととは言え、どうやら盛大に勘違いしているようだからな」

「なんじゃと?」


 そして刑部は二人に語る。

 騏堂成叡が原始樹海に魔術師を派遣した目的。

 それは、断片の破壊。そして、夜魔王フェルキアの背後に潜むテロリスト――七凶聖が何を目的として断片に関与しているのかを探ることだ、と。


 全てを聞き終えた赫船の態度は一変していた。


「断片を、破壊するじゃと?」


 信じられないとばかりに、わなわなと震え出す。


「正気か、貴様。次元破断の断片は、連合首座への唯一の道。今後数百年の極東趨勢を決する要じゃぞ。それが目と鼻の先にあるというのに、手に入れるどころか廃棄じゃと? 意味が解らんぞ。みすみすどうして……、なぜじゃ⁉」

「俺の意思じゃない。旦那の意向だ」


 鶴来も刑部に疑念を呈する。


「老公の疑問はもっともです。騏堂様は連合首座を巡る競争から降りたのですか?」

「そうは思わない。だが、もっと大きな展望で動いている節はある。それが何かはわからないが、おそらくは断片の一つや二つでは収まらない規模の話だろうな。でなきゃ、貴重なお宝を見つけ次第さっさと壊せとは言わないだろう」

「騏堂様が断片探索にかなりのコストを費やしていることは耳にしています。断片を既に複数個に入手できているのだとすれば……、そうですね。この森の断片に拘る必要もない。なら、どうしてわざわざ探し当ててまで破壊を? 別派閥に渡すわけにはいかない……。あるいは誰の手にも余るから……?」


 ぶつぶつと自分自身に言い聞かせるように呟いている鶴来を無視し、刑部は改めて宣言する。


「断片は破壊し、消滅させる。そして断片に端を発する現象事象、副産物、これらも同様に全て抹消する。欠片も残すな。あらゆる因果を滅却しろ。それが六紡閣総帥、騏堂成叡の命令だ」

「全てを、ですか。しかし……」


 なぜか赫船を見遣って言い淀む鶴来に、刑部はきっぱりと突き付ける。


「不服か? なら、ここで死んでもらうぞ。脅しでも冗談でもなく、俺がこの手で本当に殺してやる」


 ぞわり、と胃の腑が上がる。

 刑部の背に漂う、冷たい殺意。

 どんなに感性が鈍い輩でも瞬時にわかる。

 彼は本気だ。本気で、一瞬前まで言葉を交わしていた人間を葬ろうとしている。

 正面から殺気を叩きつけられた鶴来が蒼褪(あおざ)めている。

 が、その隣に佇む赫船は、不敵に鼻で笑っていた。


「儂もか? 儂も殺すと騏堂は言うておったのか? 盟友である儂を? 六紡閣における奴の権威を不動のものとすることに貢献したこの儂を?」


 そんなことできはしない、と老人の目は自信に満ちている。

 しかし、


「ああ、背くのであればさっさと殺せと言われたよ。我欲に固執する犬は、いずれ飼い主にも牙を剥く。そうなる前に使い潰せとのお達しだ」

「なんじゃと……!」


 刑部が、はあと溜息を吐く。


「赫船、あんたは周到に隠しているつもりだろうが、旦那は全部知っているんだよ。

 なぜ息子たちがあんたを憎んで座敷牢に押し込めたのか。どうやって加齢に伴う霊絡神経の摩耗を(まぬが)れているのか。どうしてあんたの血脈には女児が一人もいないのか。膵臓癌、大腸癌、多臓器障害と大動脈解離でボロボロのはずの肉体が、どうして今も小康状態を保っているのか……」

「……‼」

「心臓のストックはあといくつある? 今のはもうそろそろ限界のはずだろ? 確か七歳になったばかりの玄孫(やしゃご)のものだっけか。まったく、とんだフランケンシュタインの怪物だな。身内を使って寿命を継ぎ()ぎしやがって。禁術行使の罪で家督院に引き渡されなかっただけでも感謝しろ」


 鶴来がぎょっとして赫船を見遣る。

 その視線の先で、よろよろと赫船がたじろいでいる。胸を掻き抱き、大事な何かを護るように。

 それがひどく(けが)れたものに見えるのは、きっと錯覚ではないだろう。


「おまえはいつでも処分できるし、それをするだけの醜聞もあれば大儀名分もある。なのに生かしてやっているのは、いざとなれば簡単に切り捨ることができる駒だからだ。それでよくもまあ盟友だのとはしゃげたものだな。せいぜい身の程を(わきま)えて、大人しく命令に従え。魔術師としての晩節を汚したくなかったらな」


 首を垂れて沈黙する赫船から、刑部は(きびす)を返す。


「老公……」


 鶴来が老人に呟く。赫船は答えない。

 何かが切れてしまったように放心している。


「さて、そろそろ此処から離れるぞー。水分補給に手洗いは済んだかー? まだなら早く済ませておくよーに」


 いつもの気安い雰囲気で出発を促す刑部に、伏見が戸惑いがちに声をかける。


「刑部さん、今の話は……」

「ああ、気にすんな。うだうだ煩かったんで、ちょっと現実見せてやっただけだ。あの手の部類は調子に乗るといつまでも付け上がるからな」


 普段と変わらない素ぶりだが、少しイラっとしているのがわかった。

 斥候班に被害が集中することは想定通りとはいえ、既に欠員が二名。お世辞にも順風満帆とは言えない状況だ。

 現場指揮官である刑部としては憂慮すべき事態。なのに、当事者の赫船があんな()め切った態度では、ということだろう。

 火津摩、伏見というハッタリに加えて、信頼していた騏堂からまさかの切り捨て宣言。

 急所も握られ、これで命令に従わねば先がないというところまで赫船は追い込まれた。

 そのはずなのに――


「儂は断固として反対する」

「あ?」


 背後から響いた虚ろな声に、刑部が不快も露わに振り返る。


「騏堂は間違っておる。魔術師として致命的なまでの失態を犯そうとしておる。超常の神秘を(あば)かずに捨てるなど言語道断。我らの歴史を見よ。我らは数多の神秘を屈服させ、この血肉に通わせて来た。此度(こたび)も同じよ。挑まずしてどうして手に入れられようか」


 熱に浮かされたように、赫船がぶつぶつと呟いている。


「なぜ騏堂は、あのような素晴らしい力を否定する? 実際に体験しておらぬからか? 人類最大の宿願、悲願の成就が此処にあるというのに……。それを消し去る? 度し難い。度し難いにも程がある。あまつさえ儂を殺すじゃと……!」


 ローブの奥の白濁した瞳がぐるりぐるりと回転し、老人は地団太(じだんだ)を踏んで叫び出す。


「狂ったか。そうか、あやつめ、狂ったのじゃな。いや、違う。儂に断片を奪われるのを恐れたな。小間使いのようにこき使っておきながら、なんという仕打ち。恩義には報いてやらねばとわざわざ()せ参じてやったのに、その儂を裏切るなどと……! 儂は貴様にも、あの奇跡を分け与えようと……。おのれ、おのれぇ、騏堂め……! 儂を、儂を愚弄(ぐろう)しおって! そうか。あの老い()れめ。一足先にこれを手に入れてしまった儂がそれほど(ねた)ましいかっ……‼」


 (よだれ)を垂らして絶叫し、身悶える赫船は右腕に巻かれた包帯を(むし)り取る。


「見よ、見よ! これを見よ、騏堂成叡っ‼ どうだ、貴様が(うらや)むものが此処にあるぞ! 儂のもとにこうしてある! 此処にあるのだ! かははははっ!」


 快哉と共に赫船が天に掲げるのは、夜魔との交戦で重症を負ったと語っていた右腕。

 素肌を(さら)したそれを見て、柊は当惑する。

 裂傷も縫合痕もなかったことにではない。

 (つや)めく肌。隆々と盛り上がる筋肉。皺まみれのミイラのような顔面とはあまりにも不釣り合いな、(たくま)しくも屈強なその瑞々(みずみず)しさに。


 赫船は舌なめずりをして、若い男のものとなった右腕を()め回す。


「渡さん。渡さんぞ。これは儂のものじゃ。おお、美味い。張りも艶も、かつてのいずれよりも素晴らしい。ああ、なんということよ。このような(よろこ)びがあるとは知らなんだ。離さん。儂は二度と離さんぞぉ!」


 むしゃぶりついた腕から流れる血。

 それを口に(あふ)れさせ、赫船は陶然と訴える。


「終わりなどではない。儂にはまだ先がある。栄光が拝跪(はいき)しておるのじゃ。連合首座に君臨した儂の前で、誰もが首を垂れて平伏する。それこそが我が行き着く果て……。そうよ、若ささえあれば、なんでも叶う。あやつを殺すことなど造作もない。そうじゃ。殺す。殺せる。今度は必ず……! かかかかっ! よかろう、夜魔ども。殺してやろう。だから寄越せ! 若さ、若さじゃ……‼ 欲しい、力が! 若さが! 欲しい、欲しいぞっ! 欲しい! 欲しいいいいい……‼」


 火箸を押し付けられた(ひる)のように(うごめ)き跳ねる赫船を前に、柊は言葉もない。


(な、何が起きているの……?)


 突如として狂気に(おちい)った老人。若返った右腕。断片への強烈な執着心……。


(断片……? まさか、赫船はこの森にある次元破断の断片に既に接触して……!)


 その時だった。

 鶴来が、発作を抑え込むように赫船へと(すが)り付く。


「老公、正気に戻られてください。あれはやはり忌避(きひ)すべき力。捨て去るべきです!」

「うるさい‼ 死ね! 儂の邪魔をするものはみな死ねえぇぇっ‼」


 赫船の体内で膨大な魔力が膨れ上がる。

 瞬間、地面より噴き出す大量の溶岩。それは赫船の足元から噴き出すや否や、周囲にあるもの全てを飲み込むように怒涛(どとう)となって押し寄せる。


「……っ!」


 柊は咄嗟(とっさ)に後方へと大きく跳躍。迫る灼熱の津波、その第一波をやり過ごす。


 赫船慈榮の魔術・溶熱海(ようねつかい)

 一言でいえば、それは自身の魔力を媒介として溶岩を召喚し、自由自在に操るというもの。

 摂氏千二百度から千五百度程度の高温を常時維持する高温溶融物質は、老人の意思に応じて飴細工のように姿を変え、本来ならば融点に達しない鉱物さえもドロドロに溶かして吞み込んでしまう。玄武岩質よりも更に低い粘性はほとんど水に等しいが、薄いということは決してなく、飛沫一粒でも付着すれば皮膚を食い破って骨まで染み込み、即座に全身へと燃え広がる。

 常人が真面に浴びればまず命はないと刑部は語っていたが、どうやらそれは屈強無比な魔術師であっても同じのようだ。


「……‼」


 自分と同じように跳躍退避した伏見が、息を呑む音が聞こえて来る。


 赤熱に輝く水面(みなも)の上を、ふらふらと歩む影がある。

 溶岩の気泡から立ち昇るガスに煽られ、しかし、それでも必死になって腕を伸ばし、灼熱に()れる人型のそれは、炎が噴き出る口腔で何事かを叫んでいた。


「……ぼ……ぼぼぼっ……! ぼぼおぼぼぉっ……‼」

「鶴来さん……」


 ばしゃばしゃと水浴びをしてはしゃぐ子供のように。

 あるいは、辺獄(リンボ)に突き落とされた亡者のように。

 溶岩人間は奇怪なダンスを踊り続ける。輪郭を失い、崩れ落ちるその時まで永遠に……。


 赫船は、(わら)っていた。

 忠臣が炭化する様を、ニタニタと楽しそうに眺めていた。


「もはや弁明の余地もないな……」


 炎腕を顕現させた刑部が、無感動に告げる。


「命令不服従、および鶴来則行殺害。これら一連の反逆行為から、今この時より貴様を粛清(しゅくせい)する。死んでもらうぞ、赫船慈榮」


 刑部に合わせて柊と伏見も構えを取ろうとする。

 そこに、唐突に割って入る声があった。


「あらら。それは少々困りますねぇ。ですので、妨害させていただきます」

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