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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔

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石殿Ⅴ

 例えば――そう、例えば、とてつもなく頑丈な鉄の(はこ)があるとする。

 君は匣の中身がどうしても欲しい。中身の正体は二の次として、君はそれを匣から取り出したいと考える。


「結論から言ってしまえば、貴方は様々な思考錯誤の末に、匣を(あば)くことに成功するでしょう。それはなぜか? 答えは簡単です。頑健と言っても所詮は鉄。この金属の対処方は十分過ぎる程に知られています」


 金槌、バール、万力、ドリル……。中身が多少損傷しても構わないなら、大型重機や爆発物を使用しても良いかもしれない。

 それでは、ここで問題だ。

 匣の材質が、正体不明の未知の物質に変わったとしたら、どうだろうか?


「我々の常識を遥かに逸脱した物質です。触れただけで何が起こるかわからない。魔術師は神秘を暴き奇蹟を我物とすることで現在の地位を築いてきましたが、さりとて次元破断は別格です。引き摺り込まれる可能性を考慮すれば、迂闊に手を出すことは出来ない……。ですが、方法はないわけではないのです」


 無尽胎蔵には無数の霧郡住民が溶けている。

 彼等はエネルギーの奔流に晒され、半ばその一部となって終わりなき生を繰り返している。

 それでも人間であることには変わりない。

 人間。つまりは、我々の常識で測ることのできる物質。ならば、それを媒介とすればいいではないか。

 エネルギーの奔流と癒合しているに違いない彼等の精神野にアクセスできれば、その動きを詳細に観察し、トレースすることも可能となる。

 それには、鉄の匣がそうであったように、道具が必要になる。

 他者の精神野に干渉することが可能な道具――つまりは、精神感応者が。


「精神感応者と無尽胎蔵を接合し、内部で起きている事象をその身を持ってして体感させる……。この仮想体に永久遡行の権能が発現するかは不明ですが、いずれにせよ解析用の資料としての価値は十分にあります。断片本体と違って運搬にも融通が利き、収納隠蔽にも都合が良く、更に素体が人間なので病理薬物検査に各種外科手術、分解や改造も自由自在……。どうです? 試してみる価値があるとは思いませんか?」


 柊は言葉もなかった。

 こいつは、何を言っている? 雪を人体実験の材料にするだと?

 思わず見詰めてしまった少女と目が合う。

 阿万鵺の言葉の意味を理解しているのか、白髪の少女の瞳は動揺と困惑に震えていた。


「……実際に、やってみたかのような口ぶりだな。そんなことが本当に可能だと?」


 無表情に呟く巽の声に、阿万鵺は薄く笑って肩を(すく)める。


「さあ、どうでしょう。私としては極めて実現性が高いとは思っていますが……。私の扶植石臍で、精神感応者の脳を無尽胎蔵との同調のみに特化改造してもいいわけですし」

「つまりは、机上の空論か」

「……まあ、そういうことになるのでしょうね。ですが、それがどうかしたのですか、弍神さん? 仮想体を使った実験の成否など、貴方にはまったく関係のないことではありませんか?」


 阿万鵺は心底不思議そうに首を傾げる。


「そちらの少女を頂ければ、私は速やかに対価を支払います。貴方の仕事はそこで終わりのはず。そもそもからして、彼女はまったくの赤の他人。単なる勘違いから後を付いてきているだけの部外者です。それがいなくなったところでどうなるわけでもないでしょう。違いますか?」

「………」


 巽は無言。

 そんな彼を、雪が一心に見詰めている。


「……詩貴静蘭を売ることに随分と躊躇がない。忠誠は見せかけか?」

「まさか。私は静蘭に絶対の忠誠を誓っていますし、それと同じくらい信頼しています。静蘭が四饗公家ごときに倒されるはずがありません。ですので、潜伏拠点を教えるくらいなんでもありません。ご理解いただけましたか?」

「……ああ」


 その呟きに、巽のコートの裾を掴みかけていた少女の指先が凍り付く。

 まさか……。本気で……?

 思わず、柊は声を上げかけて――


「一時の感情に左右されて大局を見失うのは愚かな行為ですよ、火津摩さん」


 阿万鵺の冷静な声色に冷や水を浴びせられる。


「己の目的の為に最善を尽くすのは当然のこと。そして好機というものは、一度逃せば二度とは手に入りません。千載一遇の機会を、良心の呵責(かしゃく)や罪悪感などという気の迷いで投げ出したとしても構わないと言うのですが? そのせいで、生涯を棒に振っても構わないと? それとも――」


 未熟な生徒を(たしな)める教師のように、阿万鵺は真摯(しんし)な口調で言い(つの)る。


「火津摩さん。断片を求める貴方の決意とは、この程度のことで揺らいでしまうほど薄っぺらいものだったのですか?」

「……っ‼」


 私の手はとっくに血で染まっている。

 それを誤魔化すことはできないし、いくら綺麗事で手を洗おうとも、血腥(ちなまぐ)さが消えることは決してない。

 数多の人間を殺してきたし、必要があれば、きっとこれからもそうするだろう。

 何のためか。何のために……。

 妹を殺すしかなかった、殺すことで生き延びる資格を得てしまった私が、唯一、あの子に報いる方法は……。

 そのためには……。


「………」


 瞑目し、再び瞼を開く。

 そして無言のまま、柊は踵を返す。

 阿万鵺に背を向け、内陣を横断。出入り口を塞ぐ形で、弍神巽の背後に回る。いつでも強襲できるように……。

 その様子を満足げに眺め()り、阿万鵺は挟撃の的となった巽へと声を掛ける。


「それでは、弍神さん。返答をお聞かせください」

「……」


 巽は黙って少女を見遣る。

 少女は、いつしか瞳を閉じていた。

 傍に立つ巽を仰ぐこともなければ、涙を浮かべて訴えることもしない。

 おそらくは、精神感応も切っているのだろう。

 自分がどうなろうと、父親の意思を尊重する。それを邪魔することだけは絶対にしたくない……。

 どうしてそこまで、と思わせる覚悟がそこにはあった。


「そういえば、思い出したことがある」


 伊達眼鏡のレンズ越し。睨むでも探るでもなく、純白の初雪を思わせる白い髪を犀利な虹彩で眺めていた巽が、ぽつりと呟く。


「だいぶ昔のことで、うろ覚えなところもあるが、本当にあったことだ。……とすると、俺が最低な男ということになるが……、仕方ない。誹謗中傷は甘んじて受け入れよう。弁解のしようもないからな」

「?」


 唐突に何のことだろうと、きょとんとする阿万鵺。

 そんな彼へと向けて、と言うよりも、自分自身に言い聞かせるように、巽は己の過去をたどたどしく述懐(じゅっかい)する。


「十年前……、俺が爺の勧めで世俗の高校に通っていた。出席率はそこそこで、それほど熱心に授業を受けていたわけでもないんだが、同級生の一人と親密になった。綺麗な女で……、そうだな、髪が長かったな、たぶん……。それで、色々あって結局は別れたわけなんだが、どうやら、その時の俺は不注意だったらしい。女の変化に、まったくもって気付かなかった」


 そして鉄面皮の男は、再び少女へと向き直る。


「遅ればせながらだが……、おまえの横顔は、あの女にそっくりだ。俺譲りなのは、蟲に好かれるところぐらいか……。まあ、それでも血縁であることに間違いはない。そういうことだ」


 まんまるに見開かれた眼から、ぽろりと涙の粒が零れ出る。

 声が出ないにも関わらず、喉を震わす嗚咽(おえつ)

 巽はそれ以上何も言わずに小刻みに震える白髪の頭から視線を逸らすと、阿万鵺へと告げる。


「というわけだ。交渉決裂だな」


 黒帯の魔術師男は失望したように溜息を吐いた。


「没交渉となれば、どうなるかはお分かりのはず。まさか本気で、リスク以上の価値がその少女にあるとお考えで?」


 巽は泰然と呟く。


「さあな、その辺りは正直考えてない……。だが、姿が見えなければ探し回っていた。不思議なことに、それを面倒だとは思わなかったな、そういえば……」 

「……そうですか。残念です。これで貴方は賓客としての資格を失いました。これより実力を持って排除に当たらせて頂きます」


 阿万鵺は巽に一礼すると、灰銀髪の魔術師に呼び掛ける。


「それでは、火津摩さん。誠に申し訳ないのですが、加勢をお願いします。手っ取り早く片付けてしまいましょう」

「……そうね」


 背後から響く女の声に、巽の指先がぴくりと動く。

 主の意思を瞬時に汲み取り、影から躍り出す二匹の銃蟲。

 両掌に収めたそれらの撃鉄を引き起こし、巽は背後を(やく)す女魔術師へと振り返る。


「………」

「………」


 柊もまた、刺突鎗が付いた炎鎖を発現させている。

 圧縮した炎を炸薬代わりに使えば、拳銃を凌ぐ速度で炎鎖を撃ち出せるし、そのための姿勢も既に整えている。


「………」

「………」

《ひ、柊さ――》

「黙っていろ」


 静かだが有無を言わせぬ巽の声に、雪が蒼白となって固まった。

 痛いほどの沈黙の中、こつこつと石畳を叩く靴音が響く。

 阿万鵺が巽を間合いに収めるべく歩き出している。二対一の挟撃をより有利な状況へと運ぶためだ。

 巽は、無論、それを望まない。追い詰められる前に打って出るだろう。

 すなわち、十六・七五メートル。阿万鵺が石眼邪視の射程に踏み込んだ、その瞬間が合図となる……。

 阿万鵺が目玉だらけの両手を指揮者のように宙へと(かざ)す。

 こつ……こつ……。こつん。

 今だ。

 柊は鎖を放つ。しかし、それより早く、巽は引き金を絞っている。

 そして――


「おや……?」


 全身に伝わる鈍い衝撃に、男は黒帯に覆われた双眸(そうぼう)を真下に向けた。

 美を扱う者として、身嗜みには気を配っている。客前では一際注意していたはずなのに、これはいったどういうことだろう。

 (ほころ)び、(かぎ)裂きどころではない。胸板から下腹部にかけて、隙間なく(あな)が空いてしまっている。

 弾け飛んだ生地。赤黒い飛沫に彩られた素肌。その中でも特に酷いのが、丹田(たんでん)を貫いた炎の槍の一撃だ。

 男は、引き()り出された腸のように腹部から伸びる、蒼い炎鎖の先を確かめる。

 白煙を排出する銃蟲を両手に、こちらを冷然と見据える蟲使い。

 炎鎖は、蟲使いの頬をぎりぎり(かす)めるようにして伸びている。

 静かな決意でこちらを睨む、灰銀髪の乙女と目が合う。


「ふふふ、そうですか。そうですか……」


 腹の底から膨れ上がる灼熱感。それは、さながら、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)咆哮(ほうこう)のように。

 男はにっこりと笑みを(たた)え、そして盛大に爆散した。

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