石殿Ⅵ
炎鎖を導火線とした、一点特化の爆散発破。
本来は頑健な構造物を破壊するこの術を、魔術師とはいえ人間相手に用いれば、どうなるか。
結果は、一目瞭然。凄惨な光景が広がっている。
どんよりと漂う血霞の中、あちらこちらに散らばる様々な破片。最も大きなものは、頭が潰れた胴体だろうか。
爆発の際に脊柱が断裂したことでロケットのように宙へと飛び出し、天井に激しくぶつかった後に落ちて来たそれは、剣山のように鎖骨と頬骨が飛び出しており、ひしゃげた頭蓋にへばりつく黒帯には透明な脳漿が滴っている……。
「………」
自分がやったことだ。後悔はない。
それに、まだ終わってもいない。
魔術師殺しの鉄則は、相手の息の根を完全に止めること。わずかな生存の可能性も残してはならない。でなければ、今度は自分が殺される。
既に弍神巽は弾倉交換を終えて走り出している。柊も後に続く。
術式図が刻まれた脳と、生命活動に不可欠な心臓。そして、魔力の供給源となる霊絡神経……。
黒い包帯を巻いていたことさえわからなくなるほどに執拗に破片を砕き、そうしてようやく二人の手は止まった。
「このぐらいで……、いいかしら……?」
「そうだな……」
蛙の卵のように散らばった、阿万鵺の両手に蠢いていた眼球。その全てを踏み潰し終えた巽からの返答に、柊はようやく安堵の溜息を吐く。
「はあ、疲れた……。良かった、どうにかなって……」
緊張が解けたせいか、一気に虚脱感が襲って来る。
思わず膝を折って屈みこんでいると、頭の上からぶっきらぼうな男の声が響いた。
「……どうして、土壇場になって阿万鵺を裏切った?」
柊はむっと眉を顰めると、心外とばかりに真上を睨む。
「組んでいないわ、最初から。あっちが勝手に勘違いしただけでしょ。そもそもからして、連続猟奇殺人犯の話を鵜呑みにする方がおかしいし。奴に従ったように見えたのは、貴方の背後に廻るため……。つまりは、トチ狂った貴方から雪ちゃんを奪い取って逃げるためよ。ほんと、そうならなくて良かったわ」
にんまりと柊が笑うと、巽は、そうだったのかと無表情のまま頷くものの、すぐに首を捻る。
「……それは、本当に最善手だったのか? たとえ首尾良く攫ったとしても、俺と阿万鵺が結託すれば、すぐに追いつかれることはわかっていたはず……。運良く塔から脱出できたとしても、成果はゼロ。生命を賭ける報酬としては疑問だな」
言われなくても理解している、そんなことは。
「よっと……」
柊は萎えた脚を叱咤して立ち上がる。
見据える先にあるのは、極寒に凍えるように身を強張らせている一人の少女。
こちらを見詰める瞳の震えは、どちらの魔術師に怯えてのものだろう。
「仕方なかったとはいえ、小さな子供に見せるようなものじゃなかったわね。精神外傷とかにならなければいいんだけど」
「……どうして、そこまで気に掛ける?」
もっともな巽の疑問に、柊は小さく苦笑する。
「仮想体なんて、私には必要ないわ。無尽胎蔵という次元破断の断片は眼前にあり、それを手に入れるためには、守護者を名乗る魔術師一人を倒すだけでいい。そうでしょう?」
「……まあ、その通りではあるな。結果論ではあったが」
呟く巽に、柊は真摯な表情で訴える。
「たとえ一時の方便だったのだとしても、あの子の父親を名乗ったのなら、約束して。幸せにしてあげてとは言えない。魔術師として関わる以上、それは難しいことかもしれないから。だけど、あの子が望まないことだけはしないであげて。身勝手な頼みだとは思うけど……、どうか、お願い……」
巽は無言で柊を見遣り、そして面倒臭そうに溜息を吐く。
「……善処はする。が、養子に迎えるにしても爺の許可がなければどうにもならない。機嫌を取ろうにも、阿万鵺は殺してしまったからな。七凶聖のリーダーとは昵懇だったようだが……、一応、家探しくらいはしてみるか……」
阿万鵺が他の魔術師同様、秘匿主義者であれば、真に重要な情報は本人の海馬の中にしかないはずだ。
自分だけ良い所取りしてしまったような気分になり、柊は少しばかりばつが悪くなる。
「えーと、手伝う? 私も久慈原の消息を調べなきゃいけないし、それに応援が来るまで当分は塔の中で待機だろうし。ね?」
「……同盟は解消されたはずだが?」
「もう。今更でしょ」
そう笑って、思い出す。
「あっ、そういえば、どうして上で待っていなかったの? まさか透明化して同席しているとは思わなかったんだけど。私と阿万鵺の折衝結果には興味がないとか言っていなかったっけ?」
結果を待っていればいいだけなのに、わざわざ近くで見ていた理由は何だろうか。戦闘が始まれば巻き込まれるおそれもあったというのに……。
巽が、ぽつりと呟く。
「俺としても、行くつもりはなかったが……」
雪を見詰めている。あの子が関係しているということだろうか?
「何か言われたの?」
「……大したことじゃない」
「?」
凄惨なる殺人現場から踵を返す巽。ややあって柊も追従する。
「それにしても、貴方って腕は立つくせに、随分魔術師らしくない考え方をするのね。感覚的というか非合理というか……。変わっているって、よく言われない?」
「……面倒事が嫌いなだけだ。家格の昇級や組織への忠誠、優れた血統因子を遺すこと……。どれも重要だとは思うが、そんなことよりも蟲の世話をしている方が何倍も有意義で建設的だ。少なくとも、俺はそう思っている」
やっぱり変わっている。
不愛想な鉄面皮に相反し、訊かれればこうしてすぐに本心を漏らしてしまうなんてところが特に。
二人連れ添って歩くその姿に、ようやく安心感を得たのだろう、白髪の少女が控えめながらに頬を緩め――
《………⁉》
少女の眼が大きく見開かれる光景に、柊の直感が最大級の警戒を鳴らす。
「……っ‼」
それが出来たのは、ほとんど奇跡に近い。
柊は前方へと身を躍らせながら、灯も兼ねて漂わせていた蒼炎球の一つを起爆させる。
内包していた術式組成に応じて半球形の盾状へと変化した蒼炎は、倒れ込む柊の背後に広がるや否や、瞬時に薄く脆い雪華石膏となって砕け散った。
石化……! それが意味するところは、つまり……。
「………」
隣で佇む巽は無言。
だが、主人を護るべく影から飛び出した大蜈蚣の石像を見る眼は鋭く、その奥――今し方歩き去ったばかりの血海を睨む眼差しは更に鋭い。
それは、さながら悪夢のように。
鮮血のプールで、黒い布切れを携えた無数の肉片が、不気味なシンクロナイズを奏でながら踊っている。その隣で浮きのように水面に漂っているのは、執拗に潰したはずの眼球群。それらは傷一つない完璧なフォルムで、こちらをじっと見詰めていた。
どこからか、明朗闊達な声がする。
「ふふ……。やはり、このような方法は滅多に通用するものではありませんね。失礼致しました。浅ましく二番煎じを狙ったこと、どうか平にご容赦を」




