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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔

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石柱園Ⅳ

 一瞬、全ての時が止まったような気がした。


「……なんだと……‼」


 自分でも驚くほどの怒りに満ちた咆哮(ほうこう)に、しかし、阿万鵺はたじろぎもしない。


「私は自他共に認める三流芸術家ですが、それでも試行錯誤を経てわかったことがあります。それは、美しさ――特に人間が持つ美しさというものは、その人物が培ってきたこれまでに大きく左右されるということ……。私の望みは、人の持つ美の極限を引き出し、表現すること。そうである以上、必然、素材には拘らなければならず、その点で貴方は不合格なのです。残念ながら」


 滔々(とうとう)と阿万鵺は語る。


「肥大する欲望のままに、ただただ自己の栄達と繁栄を求めて邁進(まいしん)する。己の正しさを信じて疑わず、否定するものあれば力でねじ伏せる……。確かに、それは強者の論理。まったくもって正論です。特に魔術師であれば、そう思うことに疑念を差し挟む余地はないでしょう」


 ですが、と溜息。


「そうした人間のあげる断末魔は、いつも(うるさ)く耳障りなだけ。激痛にみっともなく相貌(そうぼう)を歪め、迫り来る死に羞恥(しゅうち)なく糞尿(ふんにょう)を撒き散らす。その有様は滑稽(こっけい)なほどに醜悪で、美しさと呼べるものは微塵(みじん)もありません……」


 聞き分けのない生徒に言い聞かせる教師のように、阿万鵺の声はひどく優しい。


「人の美とは、宝石や金属のように磨いて光るものではありません。己が生き方、生き様、心の在り方が染み出したもの。何を考え、何を想い、何を糧にしてきたのか。そうした人生の一瞬一瞬の積み重ねが、彼や彼女を輝かせます。無論、順風満帆など在り得ません。苦悩や葛藤、邪心に囚われ、光を映せないほどに歪みもすれば曇りもするでしょう。ですが、そうした翳りを放擲した人間の、なんと無彩(むさい)でつまらぬことか。己の心に矛盾の一つも抱えられない人間に、観るべき価値はありません。貴方を例にするのであれば、そうですね……(きら)びやかな鍍金(めっき)は目に痛いだけ、と言ったところでしょうか」


 冷やかな視線に腹が立ち、千景は激昂のままに叫ぶ。


「貴様ごときが、僕の、何を知っている⁉ 勝手に僕を鑑定するな‼ 勝手に僕を結論付けるな‼ これまで歩んだ道に間違いはない‼ そして、これからもだ‼」

「まあ、そうなのでしょうね、貴方の中では。それはそれで結構なことです。所詮は三流芸術家の戯言(ざれごと)。お気に触ったのであれば申し訳ありません。どうぞ聞き流して下さい」


 (うやうや)しく一礼する阿万鵺。そのふてぶてしさに腹が立つ。


「ああ、わかったよ! そんなに死にたいなら、今すぐにでも殺してやるさ!」


 千景は全身の霊絡神経を励起させて魔力を汲み出す。


(一瞬で殺してやる……‼)


 前傾腰溜めに構え、空の左手を刀身収めた右袖へと添え渡す。

 が、この期に及んでも、阿万鵺が取り乱すことはなかった。

 それどころか、やれやれと肩を(すく)めて、悲しそうに吐息を漏らす。


「貴方のその魔術にしてもそうです。神速の一刀は、実に鋭く、的確ですが、ただそれだけ。まったくもって遊びがない。よくもまあ、それだけでここまで登り詰めたものです。幸運(うん)も実力といったところでしょうか」

「………‼」


 赦されない。

 絶対の自信と誇りを抱く、この技を。

 屈辱の日々を救い、栄光栄達へと導いてくれた、この剣を。

 僕を僕たらしめる根幹を、馬鹿にすることだけは赦されない。


(殺す。ただ殺す……!)


 脳に渦巻く衝動と感情が命じるままに、千景は左足を踏み込んだ。

 傍から見れば、瞬間移動したようにしか見えなかっただろう。先ほどまで正対していたはずの千景が、いつの間にか阿万鵺の背面に忽然と出現している。その左手には、ぬらりと不気味な陰影を放つ、抜き身の刃。


「……ははっ」


 玉鋼(たまはがね)の芯を通じて伝わる、味わい飽きた感触に、千景は(こら)え切れずに小さく(わら)った。

 振り返れば、そこには茫然と立ち尽くす男の後ろ姿。それがどこか清々(すがすが)しく見えるのは、生意気に(さえず)っていた首から上が、綺麗さっぱり消え去ってしまっているせいだろう。

 眼玉模様の包帯を(なび)かせながら、宙高く舞い上がる丸い塊。

 そして、ようやく異常に気付いた間抜けな胴体が、切断面から間歇泉(かんけつせん)のごとく大量の血飛沫を噴き上げる。

 だが、これで終わりではない。

 神域まで極めた剣の集大成が、こんなもので終わるはずがない。

 会心の笑みの元、千景は右手(たもと)へと刀身を収める。

 ぱちり、と鍔と鯉口が重なり合うのとほぼ同時。黒帯の頭が地面に墜ちる。

 頭頂部から真っ逆さまに落下した肉塊は、毬のように弾むでも西瓜スイカのように砕けるでもなく、ぐちゃりと潰れて散乱する。

 頭蓋も口蓋も、耳孔も延髄も脳幹も、何もかもが正確に切り揃えられた一寸刻みの(さい)の目となって、バラバラに寸断されて飛散する。

 赤黒い血液と脳漿の混合液を滴らせた、山盛のサイコロステーキ。

 お代わりが欲しいなら、どうぞあちらにもう一皿。

 血を噴き出し終えた躰の方も、(ひざまず)くように倒れる端から、賽の目状となって崩れていく。


「ははっ、あははははっ‼ 何が七凶聖だ。稀代の殺人鬼だ。全然大したことない雑魚(ざこ)だったじゃないか! あはははっ! ははははっ‼ ざまあみろ!」


 まったく、臆病風に吹かれていた自分が恥ずかしい。

 あいつは万事休して開き直っていただけだ。適当な事を言って僕を煙に撒こうとしていただけだ。

 そうだ。正面から堂々と、しかも一対一の戦いで、僕が負けるはずがない。


「もしかしたら、仲間が来援するのを期待しての時間稼ぎしていたのかもね。だとしたら、無駄な努力、御苦労様。あははははははっ」


 やはり僕の魔術は素晴らしい。これさえあればどこまでも高みを目指せる。

 愉悦は次から次へと溢れて心地良いくらいだったが、いつまでも耽溺(たんでき)しているわけにはいかない。


「さて、それじゃあ、いよいよ断片と対面だ。僕一人で持ち帰れるほどの大きさであればいいんだけれど……」


 そんな独り言を呟きながら、前に進もうとして――

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