石柱園Ⅲ
見つけ次第、即座に首を刎ねるつもりでいた。
なぜ霧郡に潜んでいるのか? なぜ次元破断の断片を手に入れようとしたのか? そして、断片を用いて何をしようというのか?
相対するにあたり、当然沸き起こる疑惑。
しかし、千景にとって、そんなことはどうでも良かった。
自らの出世。功績による立身。絶対的強者へと昇り詰めるためならば、無垢な幼子だろうと問答無用で斬り殺す。
ましてや阿万鵺奏弦は、多々羅信篤を殺した仇敵となる予定の魔術師。千景にとっては屠って当然の相手だ。
殺してまずい理由など何一つない。
だが、千景は躊躇った。
黒帯の男が、ふうと軽く溜息を吐く。
「……我ながら、良くない癖ですね。こうしてお客様がお見えになることがわかっていたのに、ついつい魅入ってしまいました。覗き趣味も大概にしませんと」
男が立ち上がり、深々と礼儀正しく謝罪する。
「誠に失礼しました。久慈原千景さん。はるばるお越しになられたのに、大した歓待もできず申し訳ありません。そして初めまして。私、阿万鵺奏弦と申します」
「………」
名が割れていることは想定内だった。
阿万鵺が、扶植石臍を施した石像の眼球を通じてこちらの行動を監視していたことには当然ながら気付いていたし、眼があるなら耳もあるだろうとも思っていた。
火津摩との会話を盗み聞けば、自分が六紡閣の近習衆であることは予想がつく。外法師の情報網も侮れないものがあるし、あるいは自分と同じく、偶然、久慈原千景という魔術師の情報を持ち合わせていたのかもしれない。
が、こうして面と向かって対峙できたのであれば、どうでもいい。
(……相対距離は二十メートル以上。邪視の有効射程外だ。その一方で……)
神速の抜刀魔術にとって、二十メートルは指呼の間隙。たとえ雲英紅攪の実体を看破していたとしても、今更、何の対処ができるだろう。
しかし、踏み込めない。何かがひっかかる。
(僕の刃の鋭さを知らないわけじゃないだろう……。なのに、どうしてこいつはこんなに堂々と身を晒せる……?)
用心すべきか。まずは相手の出方を確かめる。殺すのはそれからでも遅くはない。
「……君、僕を前にして、随分と余裕だね。それとも虚勢を張っているだけかな? とてもじゃないけど、自分の立場がわかっているようには見えないけど」
阿万鵺が首を傾げる。
「と、言いますと?」
「君は何かに隠れていなければ真面に戦うことのできない卑怯者だろう? 石の柱や石像の影に潜んで、姑息に邪視を放つことだけが取り柄の半端者さ。だからこそ逃げ足くらいは早いだろうと思っていたのに、まったく呆れるよ。僕を前にして、君はもう逃げも隠れも出来やしない」
高圧的な千景の言動に、阿万鵺は至極平然と頷く。
「そうですね。確かに現状はそのようです」
「どうかな? 君だってむざむざ死にたくはないだろう。僕としても無駄な消耗は嫌いだ。そのまま姿を消してくれれば見逃してやっても構わない。それとも断片を手土産に六紡閣への口利きを手伝って欲しいのかな? そうだね、ゴキブリや蛆虫みたいに這い蹲って頭を地面に擦りつけるなら、考えてあげないこともないけれど」
勿論、嘘だ。そんなこと、誰がするものか。
阿万鵺の端正な口元が薄く笑う。
「折角の御厚意ですが、申し訳ありません。それは致しかねます。そもそも、この早蕨の塔に収蔵されている断片の所有権は、私にはありません。私は管理を委ねられているだけ。そして、それは我らが首魁からの純粋なる好意と信頼に依るものです。ですから、生命惜しさに断片を放逐するなど、いったいどうしてできましょう。ましてや、それを連合の権力闘争の道具にしようなど言語道断。そんなつまらないことに用いて良いはずがありません」
拒絶されるのは概ね想定通り。だが――
「つまらない、だって? 外法師風情が言うじゃないか。強がり、恨み言だとしても、聞き捨てならない台詞だ」
どういうことでしょう、と首を傾げてみせる阿万鵺に、わかりきったことを、と千景は眦を吊り上げる。
「外法師としての生は屈辱の極みだ。連合の下請けすら叶わず、魔術界の底辺に逼塞する劣等種として散々に馬鹿にされ詰られる。搾取され、虐げられ、嘲笑われるだけの存在……。そんなおまえが救われるには、強者となる以外に術はない。邪魔するものは全て踏み潰し、欲しいと思うものを手に入れる真の強者に。次元破断の断片は、そのための黄金の鍵だ。だからこそ、誰も彼もが眼の色を変えて欲しがっている。未来永劫、弱者を嬲れる強者として君臨するためにね」
阿万鵺は失笑したかのように口元を綻ばせた。
「そうですね。まったくもってその通りです。しかし、ああ、だからでしょうか……。どうしてこうも気が進まないのか。彼女ら三人に心惹かれる一方で、どうして久慈原さんには食指が動こうとしないのか」
そして阿万鵺はにっこりと笑って言った。
「それは、貴方の生き方が、どうしようもなく陳腐だからなのですね」




