掃討命令
「……何をしている?」
久慈原の声に、柊は呻くように喉を鳴らす。
掌に生み出した炎鎖。
それは、投擲の直前で停止したまま動かない。
「どうした? 早くしろ」
苛立ちが透ける久慈原の催促に、息が荒くなる。口の中が渇く。
(……彼等は、生きている。まだ、生きている……)
もがき、喘ぎ、地を這い、血に濡れる石像の眼に、殺意はない。
邸を襲ったあの肉腫のような、憎悪や復讐心もない。
あるのは、純粋なまでの嘆願。
助けてくれ、と、ひたすらに訴えて……。
「まさかとは思うが……。もしかして、君、彼等に同情でもしているのかい?」
言外に、正気か、とぼやく久慈原に、柊は奥歯を噛み締める。
騏堂成叡への復讐を果たすために、私は生き続けなければならない。
それを建前に、どれだけ手を汚して来ただろう。
今更だ。躊躇う必要なんてないはず。
だけど……。
(そんな眼で見ないで……。私は……。私は……)
救いを求めて伸ばされる指先。
柊はそこに見た。見てしまった。
魔術師に攫われ弄ばれた過去――かつての自分たちを。
「あっ……」
だが、それは無情にも、神速の鋼線によってバラバラにされる。指だけではなく、全身全てがサイコロ状に切断されて……。
久慈原が、盛大に悪態を吐く。
「見ろ。神経と器官の一部を除いて、肉体のほとんどが石になっている。表層ならいざ知らず、ここまで侵蝕されたなら、元に戻ることは決してあり得ない。化石になった恐竜が蘇生しないのと同様にな。つまりは死人、屍だ」
そうかもしれない。
だけど、あの必死に語り掛ける瞳は……。
「……違う。生きているんです、彼等はまだ。あんな姿になっても、必死に……!」
考えるより先に反論していた。
細面の久慈原の顔が、ぴくぴくと痙攣する。
「生きているだと……。違う、違うな。あれは生かされているだけだ。上位者の愉悦を満たすためだけに生かされた鑑賞物だ。そんなものにどれだけの価値がある? しかも、それを憐れむだと……?」
久慈原の突然の激高に柊は戸惑う。
何が虎の尾を踏んだのかもわからない。
久慈原は柊へと語気を荒げて命じた。
「火津摩、温情だ。戦意喪失した貴様などすぐに粛清してやってもいいが、あえて挽回のチャンスをくれてやる。僕が最上階から帰ってくるまでに、この手の石像を全て見つけて破壊しろ。戻って来た時に不愉快なこいつらが未だ徘徊しているようなら、その時は覚悟しておけ。決して楽には殺さない」
それだけ吐き捨てると、柊の返答を待たず、久慈原は独り階段に向かって歩き出す。
行く手を阻む石像を切断しながら、踏み潰そうと脚をあげた巨人の軸足を真一文字に両断。倒れた巨人が派手に転倒する様を一顧だにせず、無造作に蹂躙を重ねていく。
「………」
久慈原が通り過ぎたことで出来た、一本の道。
そこには、輪切りになったいくつもの石の残骸が、艶めかしくも無機質な臓物の断片を見せて転がっている。
同時に、運悪く殺されるに至らなかった者たちも。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいぃ!」
「なんで、なんでよぉ……‼ どうしてよぉっ‼」
「わあああああん、あああぁん、あああぁん、とれちゃったよぉ! 私の手がとれちゃったよぉ!」
彼等には痛覚がある。体組織の大部分が石化しているのに? ……おそらくだが、わざと遺したのだ。石像が第三者に破壊されることを想定した上で、この地獄の様相を演出するために。
「……くっ‼」
死に絶えた仲間の破片を無造作に踏みつけて、生き残った石像が再び迫る。
体力にも魔力にも限界はある。先の展開を考えれば、是が非でも温存を図るべきだ。
久慈原に私刑宣告もされている。何が最善なのか。それがわからない柊ではない。
倒れた巨人は既に起き上がっている。
左脚の踝から先を失って斜めに傾いではいるが、重機以上の巨躯は健在。その腕から繰り出される一撃は、魔術師であっても致命傷になりかねない。
逡巡している暇はない。廊下から延々と石像が吐き出されている。ホールが埋め尽くされるような事態になったら、それこそ詰みだ。
「……くそっ‼」
石像が迫る。
どうしようもなく前に。
藁にも縋るように、私を引き摺り込もうと……。
「どうしろって言うのよ……! 私なんかに、どうしろと……!」
苦悩、反問、葛藤を綯交ぜに、柊は炎鎖を振るう。
「ぎゃあああああああああああああああああああっ‼」
「だずげでででえええええええぇぇ……ごろざないでででえでででえええぇぇえぇ……!」
「いだあああい、いだあああああいよおおお‼ ママああああぁぁぁあああぁ‼」
存外脆い石の外殻。
炸裂する悲鳴。
途方もない無力感。
ごめんなさいと謝ることさえ烏滸がましく、ただひたすらに奥歯を噛み締める。
そして、阿鼻叫喚は尚も続いていく……。




