勉強会②
「ではワーグナー、ここでは肩の力を抜いてゆっくり過ごしてくれたまえ」
そして去っていた。他数名を引き連れて。もうちょっと他の人とか自己紹介してほしいんですけど……。そういう思いで眺めていたのだが、隣にいるパシー先輩には不安そうに見えたらしい。
「あいつのいうことはあまり気にする必要はないよ。
オルグレンは悪いやつではないんだが、選民意識が強くてね。平民でも貴族を凌ぐような富を築いているのに時代遅れだろ。レッドフォード先輩がいないから、このままじゃあいつが顔役になってしまう」
!!
「レッドフォード先輩とは、ヴィクトル・レッドフォード公子のことでしょうか?」
「ん? もちろん」
「レッドフォード先輩は、僕の母方の従兄弟なんです。ぜひご挨拶をしたかったんですが、今日は来てないんですか?」
「……ああ、もうずっと来ていないね。夏季休暇前だから——三ヶ月は経つな。まともに授業にも出てないって噂だよ」
「まじか……」
小声だがうっかり俗な単語がまろび出てしまった。聞かれなかったようで幸いだ。
母親への連絡を渋っているだけじゃなく、学校でも引きこもっているのか。顔を合わせて手紙の催促をすればミッションコンプリート、みんなハッピーという一番安直な(そして俺が望んでいた)ものにはならなそうである。
「今年度のここの会長はあの人になるはずだったんだけど、おかげで困っているんだ」
「他の五年の先輩が会長になるのでは?」
「五年生はあの人一人だけなんだよ。数ヶ月前までもう一人いたんだ、他国の王族の留学生で帰ってしまった。
レッドフォード先輩は人徳のある人だったし、いなくなったおかげでこの館も雰囲気が暗くなっちゃってね、まあ新入生は気にするなよ。従兄弟だから気にしないってのは難しいか」
「いえ、ありがとうございます。ただ、レッドフォード先輩にどうしても会わなきゃいけなくて……」
母親に突き上げを喰らうからな。
「事情があるのか。うーん……先輩は第一寮だ。他の寮に入るには、許可を取る必要がある。第一寮の上級生が、君の思う通りに許可するとは考えにくい。レッドフォード先輩が引きこもっているのは、彼らにとっていい話じゃないから」
「はい」
なんか……パシられたときは臥薪嘗胆の心を持っていたが、結構いい人だな。
パシリだけで人を判断するのは早計だったか。常識が違うしね。パシリパシられの関係はもしや、この世界ではヤンキーといじめられっ子の構造ではなく、もっとクリエイティブでポジティブなナラティブかもしれん。相入れないものにぶち当たるとき、近視眼的な反応をしてしまいがちだが、もっと広い視野を持つべきなのだろう。
少し黙って内省をした。俺はこういうことができる男である。まあ、理性的なんだろうなあ、自分で言うと顰蹙買っちゃうけどさ。
「そんな落ち込むことはないさ。今日はラズベリーのアイスクリームが出るよ」
「食べます」
おいおいマジかよ、学食はしょっぺえのにこっちじゃアイスなんかあるんすか。
わくわくアイスを待つ間に、テーブルの中央に置かれたビスケットに手を伸ばした。その拍子に周りを見る。オルグレンはいなくなったが、部屋にはまだ何かしら会話をしたり本を読んだり、宿題を広くひろげてやっている学生もいる。自由だな。
パシー先輩曰く、オルグレンは2階にいったんじゃないか、とのことだ。ビリヤード室があるらしい。
すぐにアイスは涼しげなガラス皿に盛られてやってきた。
おいおいこんなことしていいんですか、入寮日に出たサマープディング以来、学食にスイーツなんて出てないのに。こんな、こんなことをこっそりして…っ!
早速いただく。
なぜかパシー先輩は俺がアイスを食べると言ってからとても嬉しそうにしていた。
「な、なんかあるんすかこのアイスに?」
おいしいだけではなく?
先輩は頭をかいた。
「いやあ一年生ってやっぱこういうものだよなって」
「どういうことですか?」
「今年の一年の勉強会のメンバーは大物揃いなのは知っているかい?」
「第一王子殿下がご入学されたのは知ってます」
おかげで受験倍率が高かったらしいのだ。
パシー先輩はしみじみと言った。
「生まれながらの王というものを知らしめられたよ。存在感もさることながら、眼力がすごくてね、オルグレンは先輩風を吹かせられなかったんだ。アイス勧めても食べないし。
殿下と一緒に来た殿下の幼馴染も、もう全然。右倣えでアイス食べないし。
あとは、一番最初に来た枢機卿猊下のご令息。彼は殿下とは違って、穏やかな物腰だったけれど、……意地でもアイスは食べなかった」
しみじみから段々と悲壮感が漂ってきている。え、このアイスなんか悪い気でも放ってたりする?
「そして3人とも招待した時間よりも早く来てさっさと去っていった」
「……」
なんか部屋入った時物足りない気がしてたけど、確かに同学年の新規会員がいなかったからか。
「しかし最後に来た君は、先輩風を吹かさせてくれた。落ち込んでいたオルグレンが元気になったのはどうかと思うが、失っていた常識を取り戻してくれた」
「……」
さっきからなんて返事をすればいいのかわからない。アイスを食べることしかできない。
あかん、胆力ないのが逆に個性になってしまった。予想外である。いや、そんな同期全員ハードボイルドの方が読めないだろ。それがトレンド? んなバカな。俺はこの3人、全くクラスが被らないし寮も違うのでどんな人物か知らなかったのだ。
「あ、そういえば殿下は第一寮だったな。君が来る少し前に帰ったんだけど、すれ違わなかった?」
「いえ。そうなんですか」
口元をさっとぬぐい、ティーカップに指をかけた。ふいー、一旦落ち着こう。うーむ、全員反抗期なら、俺もそっちに合わせた方がいいのでは? まだ手遅れではないこともないかも。一旦食べるのをやめ……、
「アイス、おかわりもできるよ」
「自分もっと食べれます。食べさせてください」
所詮俺は階級社会の犬である。




