案内の手紙
昼の自由時間だからかベンチで座っていたり、集団で遊んでいる生徒を見かける。大抵が三年以上の生徒だ。気楽なものである。
俺は入学してたった数日で、ちょっと荒んだ眼差しで彼らを見るようになってしまった。
寮に戻ったら話し声は聞こえるが、エントランスに人気はなかった。談話室に集まっているのだろうおそらく。
先にニール・ワーグナーの名札のついた郵便受けを確認する。ポストインのチラシが数枚と、その上に封筒が一通。金のラインの入った白封筒に、何かしらの植物の紋章の封蝋。
俺は小さく息を吐いた。安心感からだ。
部屋に戻ると誰もいなかった。好都合である。ペーパーナイフで開封して中身を読む。
想定通り、
”王子殿下と上位貴族の子息のための勉強会のご案内”
”ジューンベリーの館にて”
この学校内でも格段家柄と財力を兼ね備えたやつしか招待されない秘密のクラブの案内状だった。もうすでに入会済みになっている。
ご大層な設立理念が書き綴られた最後に、勉強会の場所と日時が印字されている。土曜の午後2時だって。
「いやはや」
無事俺に届いてよかった。万に一つということもあるからね。
これで従兄弟のヴィクトル・レッドフォード”お兄さま”の捜索も進むだろう。侯爵家の俺に届いたのだから、公爵家の嫡男が会員じゃないわけないからな。
入学早々他寮の他学年を大々的に嗅ぎ回るのは、ヴィクトルの学内での評判もまだわからない今、得策ではない。予期せぬリスクに遭遇する可能性もある。思わぬ凶刃に倒れることもあるやもしれぬ。……あわわのわ。
やっぱり本人と直接会って話すのが一番いい形だろう。
母からの頼みに光明が見えて鼻歌を歌いながら、引き出しにチラシごとしまう。引き出しの中にはすでに郵便物が厚みがでるほど溜まっていた。どこかで時間を取らないと。
まだ集団生活に慣れてないから、夜更かしでランプつけちゃうと眠れないって苦情が来るのだ。共同部屋の辛いところやね。
四年生の階に上がって、パシー先輩とやらの部屋に侵入する。綺麗に整えられている。今朝掃除したのは俺だから自信を持って言える。
金色のいかにも高そうな額縁の横には、首都の劇場のポスターが貼ってある。大きな羽飾りの目立つ帽子の置かれた机の上には本が数冊。貸出カードとともに置いてあった。両手で抱えてさっさと降りる。
ひー、談話室でわいわい喋ってる暇があるなら自分で借りた本ぐらいは自分で返してほしいもんだぜ。
四冊でも分厚いので軽くはない。
図書館の裏口へ続く小道まで行くと人影はなかった。ちらりと胸に抱えた本の題名に視線を落とす。ふむふむ歴史や古典文法の本に、”ロミオとジュリエット”……? 教養だけど、わざわざ借りるほどだろうか。ロマンスがお好きなのかもしれない。
なんだったっけ。
有名なシーンがあったよな。ジュリエットがバルコニーから下にいるロミオに嘆くんだっけ。
「ああ、パトリックさま! どうして? あんなに愛を囁いてくれたではありませんか!」
「ジェーン! 君と幸せになれるなら家名だって捨ててしまおう!」
そうそう、ちょっと違うけどこんな感じ。って、
「えっ?」
唐突に耳に入った迫真の声量にびっくりして、思わず近くの茂みに身を潜めた。覗き見をしようにも距離が近そうで躊躇う。
「だけど、だけど……それはできない。無理なんだ!」
「パトリックさま!!」
おそらくパトリックの方は、俺のすぐ横を走り去っていった。ダメな方のロミオとジュリエットだった。
「どうして…なんのために……」
ジェーンっぽい人物はしばらくその場を彷徨ったあと、向こうの方へ去っていた。
「……」
なんだったんだ今の茶番。内容以前によくわからない。パトリックはまだわかるが、ジェーン? ここって男子校のはずでは……? ハテナマークを頭に乗せたまま、俺は茂みから出た。図書館を目指さなければ。
道に出ようとしたら、道を挟んだ反対側の茂みもがさごそ動いているのに気づいた。
「いったい、さっきのはなんだったんだ……」
独りごちながら丸メガネの少年が顔を出した。タイの色的に俺と同じ一年生だ。通行止め食らってる先客がいたらしい。
「あっ、ああ! 君は!?」
俺に気づいて慌てた彼は、持っていた物をずろろろろと落としていく。本だった。全くもって俺と同じだ。スルーするのも忍びないし、拾うのを手伝うことにした。
「ああ、ごめん。ごめんなさい、本当にありがとう」
ぺこぺこ頭を下げているが…すごい量だな。十冊以上ある。一人が借りれる数じゃないだろう。
俺より背の低い少年は抱え直してもふらふらしている。上から数冊俺が持つことにした。ノブレス・オブリージュというやつである。
「あ、あのワーグナーくんに助けてもらうなんて……」
「”あの”って? 目立つこと何もしてないと思うんだけど」
不穏な響きだな。
「あ、ぼくロドニーっていうんだ。君と古典と数学の授業一緒だったんだよ。ぼくのことは知らないと思うけどね影薄いしのろまだし地味だし……。だから憧れてて……。ワーグナーくんはどんな先生に当てられてもすごく冷静に答えててすごいなって思ってたんだ!」
「えっそれだけで?」
「それだけって、そんなことないよ! 数学の先生とかすごく怖いじゃないか。君ってすごくクールで雰囲気が大人びててオーラがあって、ヘイローが……。ニックスくんも強そうだし」
大人びてる? こいつ前世の年齢が透けて視える超能力者とかではないよな……? 半目で様子を伺うが、こちらに視線を向けるわけではなく俯き加減でもじもじししている。何も視えてなさそう。
「あ、ぼ、ぼくだけじゃなくてねっ。同じ教室のみんなワーグナーくんに一目置いてるよ」
「そう思ってもらえてるのか」
まあ、小学校のころは足が早い奴がもてはやされるというしな。それに毛が生えた程度ならこうもなろう。
「買い被りすぎだよ」
「……くっ、なんてクールなんだ」
ただの本心だけど、色眼鏡がついたらそう見えるそうだ。
「図書館に向かって歩いてたら…あの人たちがいきなり口論を始めて……。気まずいから思わず隠れちゃったんだ」
「同じだね。……その本は君のじゃないだろ? 雑役生の仕事だよね」
「そ、そうなんだ。先輩たちのを頼まれて。これで最後だよ」
この量で何周かしているらしい。
「ワーグナーくんも同じなのかい?」
「ああ、本を返してくれって頼まれて」
「そ、そっか! 雑役生って大変だよね!」
「そうだね、自分のことをする時間がなかなか取れないよ」
「うん、そう! そうだよね、ぼくもこれが終わったらまた紅茶を入れに行って、10人分のコートの毛玉取りと靴磨きをしなきゃいけないんだよね! あ、スコーンも温めなきゃ」
「え……それは……」
なんか…俺よりあからさまブラックじゃないか。そういうものなの? たまたま?
本を返却して、ロドニーはぐっと俺に向かって小さくサムズアップした。
「でも、ワーグナーくんに助けてもらって力が湧いてきたよ。
パンを焼くの難しいし…、火とかつけるのうまくいかなくて……。全然ダメなんだぼく。もっとがんばらないと」
ぐうーとロドニーから聞こえる腹の音。
えへへっとめちゃくちゃ儚げに笑った彼は、ドン引きしている俺に気づかず気合を入れ直した。そして去っていった。
「……」
……闇雑役生案件?




