学校生活
「よろしい。座りなさい」
問いに答えた俺は教師の許可を得て、席に座り直す。このぐらいの方程式はちょろい。
授業は触れた限り、今の所問題なさそうに見える。数学は前世とった杵柄がまだ生きているので、古典や歴史など暗記系に時間をかけよう。まだまだ家庭教師に習った範囲内だしね。この世界変な進法採用してたら算数も苦しかったかもしれん。よかった。
教師の声をBGMに、窓の外に目をやった。芝生といくつかの木を超えた先にグラウンドと、そこで運動している生徒たちの姿がある。
要素だけ抜き出したら懐かしい。懐かしいのに……。前世ぶりの郷愁に浸れないのはやっぱりなんか決定的にもののビジュアルが違うからだろうか。西洋的な感じと東洋的な感じの壁は思ったより厚い。
黒板に目を戻す。もう当てられることはないだろうが、サボってると判断されると罰則が言い渡される。古典で同じ詩を100回書かされたやつもいた。くわばらくわばら。
神妙な顔で板書をし、隙間時間に落書きをしていると、終業の鐘が鳴った。ようやく昼休みである。教師を見送って、広げていた教科書類をまとめて立ち上がる。
隣の席に座っていたニックスと、ロッカーに荷物を預けたあと、大食堂へ足を向ける。昼飯だけは寮ではなく、学舎の中央にある大食堂で配られる。
向かうまでの道中で人混みに揉まれながら、覚えようとしている暗記事項の確認をする。俺たちは意識が高いのだ。主にニックスに引っ張られる形で。
「クレマー先輩は」
「……綺麗好きなので靴磨きと部屋の掃除は細かくやる」
「アントン先輩は」
「気が短いから呼ばれたらすぐ行くこと」
「バーロウ先輩は」
「えーっと、……気分屋なので唐突に怒ることがあるが気にしないこと」
「パシー先輩は——「すまない頭痛がしてきた」
「医務室に行くか?」
「冗談だよ」
まだ顔と性格の一致しない四年生の情報は、世話係の先輩方からこつこつ聞き出して収集している。
でかいカウンターの上に並べられたトレイには、すでに料理一式が載っている。メニューは決まっていて、減らすことも増やすこともできない。これを寮に戻って食べる生徒も多いらしい。昼休みの時間は長いから。俺たちは受け取って、日当たりと立地の悪そうなテーブルに座った。一年坊は謙虚さが何より大事なのだ。
目の前のニックスはミートパイをナイフで半分に分け、フォークで刺して一口で食べた。
「ワーグナー、俺は今朝紅茶が苦いって文句を言われた」
「前は薄いって言われてたな」
「君のいう通りの茶葉の量にしてみたんだが」
「お湯の量か蒸らす時間が間違ってるんじゃないか。たっぷり一杯分、2分蒸らして茶葉を取るんだ」
「……難しい」
「やり直しさせられるよりマシだろう」
ミートパイは冷めていたが、パイ生地に肉汁が染み込んでいて、まあまあ美味しい判定を内心で下した。昨日のウィンナーはまずかった。
入学して最初の一週間だが、すでに考えなければならないことはいくつかある。
雑役生の仕事が想像よりも多岐でかつ忙しそうなこと。1日一個どころではない。朝一の上級生のための紅茶とパン焼きは必須だが、授業時間以外は呼ばれればほいほい行かなければならない。
上級生にも個体差があるから、面倒な仕事を多く押し付けたり、性格に問題ありなやつもいるのだ。罰則で鞭打ちなどもあるらしいし、気が抜けない。上級生から強く当たられないために、雑用のやり方と知識をできるだけ早く覚えたい。あと、地雷な上級生を避ける努力も必須だ。
「ワーグナーはパンを焼くのもうまかったな。優秀な雑役生になれそうだ」
なりたいというか、そもそもやりたくないんだけども。そんなことを新入生は堂々と言えないのだ。同調圧力の怖さが出てる。そして数年後には自分の面倒ごとを片付けてくれる便利な後輩ができるので、雑役生制度への不満も消える。陋習が続いてしまう原因である。
「薪を燃やすのはニックスが一番じゃないか。朝も強い」
「親父が軍人だからな。家に帰ってくるたび野外活動を散々仕込まれた」
「へえー」
なんかかっこいいな。父が軍人って字面が強い。本格的に聞こえる。商品の頭に北海道がつくような感じだ。
「雨水を飲料水にする方法とかも知ってるのか?」
「……まあ、やったことはないが」
「キャンプとか建てられるのか? 飯はカレーライス?」
「なんでカレーなんだ?」
ニックスは首を傾げた。
おお、本格的な感じがするな。ボーイスカウトの走り的な。
ちなみにパンを焼くというのは、上級生のために暖炉とかの火でパンをかりかりになるまでトーストする雑役生の雑用の一つである。焦げ具合の判定がシビアな癖に、ほぼ毎日やらされる。
俺がうまい理由は前世でBBQを何度かしていたからだ。火をつけるのは道具が違って難しかった。便利な着火剤とかチャッカマンとかないからね。辛抱強く待つ精神しか生きなかった。
同じ皿に乗ってる皮ごと茹でられたじゃがいもにナイフを通す。お、ほくほくだ。
「ワーグナーは部活は決まったのか?」
「全然。まだ猶予はあるしね。君は目星がついてるのか?」
「クリケット部に入部が決まってる。知り合いに誘われてるんだ」
誘われてると言ったって、口ぶり的に強制参加だろう。父親の上官の息子とかかな。
「お前も入るか?」
「どこも無理そうだったら頼むかもね。とりあえず見て回ってみないと」
エイデン校はどこかの部活に入るのが必須だ。クリケットとボート競技などの学校対抗戦のある部活以外は大抵緩いそうだ。前世ほど運動部は多くない。テニス部はあったし、乗馬クラブとかハイソなものはあったけど。
だらだら話したいことはあるが、そうもしてられない。
ぱさついたじゃがいもを紅茶で流し込んだ。トレイを持って立ち上がる。
「んじゃ、雑用をこなしてくるよ。図書館に本を返してこいって言われてるんだ」
「おう、がんばれ」




