演劇部
学校の敷地は無駄に広く、用途不明な建物が新旧問わずぽつぽつ建っている。演劇部の部室もそんな謎の建物の一つだった。5階建てほどの高さの古い塔みたいな建物に、一階部分を増築している。
パシー先輩は塔の裏口らしき扉を開けた。
続いて足を踏み入れると、建物内は窓が小さいせいで薄暗く、さまざまな舞台道具で混沌としていた。
大量のハンガーラックでも収めきれない衣装が、ラックやテーブルやソファなど色んなところに引っかかっている。コルセットをつけられたトルソーの首には大きな装飾のネックレスがいくつも絡まっていて、壁にはポスターとアイディアの図案と誰かを描いた素描が、無骨な石壁を隠すように貼りつけられていた。
中央の大きなローテーブルの上には、模倣ジュエリーとぶちまけられた書類の中央に大振りの派手なランプが光量を絞って置かれている。
とりあえずついてきたけども……。人の気配は今のところないな。
パシー先輩は、ローテーブルを挟むように配置されているソファの背に脱いだ上着をかけた。
「呼ぶまで見て回っていいよ。あまり触らないようにね」
「はい」
何を見れば良いのやら。こんだけごちゃごちゃしてて、よくコンプトンは目当ての服を盗めたな。
転がっているものを踏まないようにしながら適当に歩いていると、階段の壁に活動の写真が貼られてるのが見えた。
「ほー」
パシー先輩の言っていた愚かな部員は誰だ? 客観視ができない野郎はここに載ってるのか? ピュアな好奇心が湧いてくるな。どれどれ……。
色々閲覧していくと、階段に沿って上にいくほど古いものになっていくのに気づいた。いつの間にか一年前とか二年前のものになっている。
そして、階段をのぼりながら四年前の写真を眺めていたところで声がかかった。
名残惜しいが行かねば。
とぼとぼ戻ると、ローテーブルの上が片付けられていた。
おお、先輩ものを片付けられたんすかと思いかけたが、そもそも雑役生を入手するのは四年生からで、それ以前とか考えると俺よりも練度が高いのか。
「どこ行ってたんだ?」
「階段の方です。部活動の写真が載っていたので見てました」
指示を受けて、食器戸棚の指定された段からマグカップ二つと皿を2枚出した。ん? 2枚?
先輩はジャグに入っていたミルクをカップに注いだら、壁際の棚の上にある、脚付きの大皿を覆っているドーム型のガラス蓋を持ち上げた。
中には学食で出されるものとは違う、ツヤツヤしたスコーンが鎮座していた。
「何個欲しい?」
「い、いえ僕は大丈夫です!」
「本当に?」
「今はとてもいただく気にはなれないです」
なんかパシー先輩ってしばしば勘違いしてるよな。
数十分前になんとか首の皮が繋がったばかりなんだぞ。先輩も機嫌を直したとはいえ、まだ予断を許さない極限状態。
この状況で食えるほど俺の神経は図太くない。むしろ繊細な方だし。それにここは反省の色と控えめさをアピールするため、たとえ勧められたとしても断る判断をした方が絶対いい。
というかまず第一に、食い意地が張ってるわけじゃない。前提がまずおかしいよな。なぜ俺が食に意欲があるやつみたいに思われてるんだ? 誠に遺憾である。
「おいしいですね」
原初にして至高。
冷静に考えてみると、最近スコーンらしいスコーン食べてなかった。俺的スコーンらしいスコーンは、バターがどれほど投入されているかで判断される。これはケチられてない。学校外から持ち込んでるのかも。
クロテッドクリームがないのは残念だが、ジャムがあるのでオッケーです。いっぱいつけちゃお。これはいちごジャムだが、ブルーベリージャムも良い。その場合、クリームチーズと合わせたい派だ。
そして、スコーンを流し込むための牛乳。むむっこれはミシュラン確定。
「よく食べるなあ」
向かいにいる先輩は俺を奇妙そうに見ていた。ちゃんと反省してるって! ちょっとまずいか? 別のところに意識を向かわせよう。
「……あの、パシー先輩は以前、コンプトン先輩は途中まで演劇部にいたっておっしゃってましたよね」
「うん。あ、写真で見つけたのか?」
「はい、ただその、意外というか」
話題を出しておいてなんだが、言い方に困る。だが意図は十分伝わったらしい。
「びっくりしたでしょ。3年前は全然違うからね。女役やってたんだよあの人」
「……驚きました。大きくなって別のことやりたくなったんでしょうか、テニス部に転部したってことは」
「それぐらい単純な理由だったらいいんだけどな」
会話している最中、階段を降りる音が聞こえてきた。足音は一人分で、こちら側に向かってくる。
「——パシー先輩、きてたんですか。珍しいですね」
「うん、用事で」
「そこにいるの、入部希望の新入生とかですか?」
入部希望……?
俺の脳裏にテニス部の活動が走馬灯のように蘇った。
そしてこの部室である。
どこからどう見ても片付けどころか掃除の手が足りてない。意志も感じない。部員になった暁には、一体どんなことを命令されてしまうのか。
俺はそう遠くない未来に震えた。
「ここの場所覚えたから、もう一人で来れるよね?」
え? ま、まさか部員になる前から——?
「ばっちりです」
部員がそばまで来たので、立ち上がって会釈をしておく。伸ばしっぱなしの髪の毛がもじゃもじゃしていて、顔色が悪そうだ。先輩呼びしてたってことはこいつは三年か二年かな。三年っぽい。
「初めまして」
「……君、美少年だなあ。どこから来たんだ?」
「僕の雑役生だよ。ワーグナーだ」
「パシー先輩だけの雑役生です」
「だけ?」
部員全員にこき使われるよりは、パシー先輩だけの方がいいのは明らかだ。たとえ悪足掻きだとしても、草の根運動しとこう。
「? 先輩懐かれてますね」
「うん」




