とある新聞部の四年生
教室に入って真っ先にパシーを探した。
いつも一番後ろの席に座っているから探すのは簡単だ。
そこで大抵、予習と宿題に明け暮れるクラスメートを尻目に、何かしら趣味の本を開いているか、演劇部で扱う題目の脚本や関係資料を広げている。
今日も定位置にいるのを見つけたので、席に荷物を置いて声をかけにいった。
「パシー! オルグレンと一年をめぐって争ったって本当か!?」
人当たりのいいジューンベリーの住人は、読んでいた詩集から視線だけをあげた。
「……なんの話かな?」
「まさか平穏主義のお前が、まさかまさかのオルグレンと。裏方好きがいつから目立ちたがり屋になったんだ? 決闘するなら必ず呼んでくれよ! トップニュース間違いなしだ。最近部長にネタが悪いってどやされてるんだ、助けると思って」
パシーは同級生と一緒にはしゃいで盛り上がるタイプじゃないが、用があればよき隣人として接してくれる。
特に俺の所属する新聞部と演劇部は、お互いに持ちつ持たれつな部分があった。宣伝をする代わりに、席の用意や踏み入った取材にも協力的といったような。
その過程でとりとめのない会話をすることも多く、他のやつより親しい関係を構築できている自負があった。
これもいつもどおりやれやれという表情をしながら、おいしいネタの一つ二つ落としてくれるだろうと思っていたんだが、
「そんなことしてない。誰だそんな頭の悪い噂を広めたのは?」
普段とは違う、冷え冷えとした声が返ってきた。
「えっとお……」
あれ? もしかして機嫌が悪い?
聞き耳を立てていたクラスメートも、雰囲気を察してそそくさと自分の用事に向き直している。俺は急いで一歩下がって両手を挙げた。
「何か…気に触ることでもあったのかい?」
パシーは読んでいた本を手で開いたまま机に置いて、俺に向き直った。
「で。誰が言ってたんだ?」
「え? えっと、その……。気にしないで忘れてくれ」
表情も眼差しもいつもと変わらないが、圧を感じる。さすがに察していた。もしかしてじゃなくて、確実に気分を害していた。俺がきっかけで。
「何を忘れるなって? きちんとした情報元があったから言ったんじゃないのか?」
「ごっごめん、みんなが話していて……どこがとかはまだ」
ジューンベリーのスキャンダルは特に面白がられるから、俺の周囲の耳ざとい生徒の間だとすでに話題になっていた。それの真偽を確かめるのを忘れてしまう程度には既成事実として語られていて、俺も例に漏れなかった。
「へえ……。裏取りもせず、又聞きの情報だけで本人にあたりに来る。新聞部はそのようなフローを推奨しているのかい? うちの部にはいつも丁寧な仕事をしてくれていると感心していたのに残念だよ」
パシーはゆったり足を組んで俺を見つめた。こちらが見上げられている側なのに、見下されている気分になるのは何故なのか。普段怒らない奴ほどいざとなったら恐ろしいとは本当らしい。
「……申し訳ない。君からの信頼を裏切る行為だった」
「わかってくれて嬉しいよ。勝手に勘違いされた挙句、見せ物扱いされるのはさすがに許容できなくてね」
素直に謝った俺を、あっさりパシーは許してくれた。
「俺も言ってた友達にはしっかり訂正しておくよ」
「ありがとう。——でも」
「うん?」
「そもそも笑い話じゃないか?」
パシーは真剣な表情から一転して、はははと軽やかに笑った。そして面白がるように話した。
「僕が下級生を巡って? オルグレンと喧嘩? そんな直情的な行動をとるわけないだろ。まあラグビーやクリケットみたいな血の気の多いものを好む層ならわからなくもないけどね」
「あはは、確かになあ。理性的な君がそんなことするなんて想像できないよ、なんであんな噂なんかが広まったんだろう」
改めて考えると、俺もみんなも冷静さを欠きすぎていた。パシーの為人を知れば、そんなことをするはずがないってわかるはずなのに。集団心理って怖いな。
「見たとか言ってる奴らは、話題欲しさか集団幻覚でも見たに違いないよ」
「まあ、そういうことだろうね」
俺の言葉にパシーはうなづいた。それから読んでいる詩集を見せてもらった。今日の気分はデカダン派らしい。和やかなムードで別れて、俺は自分の席に座った。
近くの席のやつが、とても気まずそうにパシーの方をチラチラ意識していた。おいおい、早速か。
「お前もあんなバカみたいな噂信じてたのか?」
「うーーん……」
歯切れが悪い。
「いやあーー…………俺生で見たんだけど……」
なんだって??
なんと、昼までに目撃者を3名見つけてしまった。
パシーの人徳。証言のほぼほぼ一致する目撃者たち。どうしたらいいんだ……。俺はどちらを信じれば……。
とりあえず昼休み、一ジャーナリストという信念を胸に、パシーにこっそりついて回ることにした。万が一にでも気づかれないため距離は空けておきたい。声は聞こえないが、動作や表情はわかるだろう。
パシーは授業が終わった後、すぐには立たずに先ほどの詩集を物憂げに開いていた。
それからキリのいいところまで読めたのか立ち上がって教室を出た。食堂に寄らずに、演劇部の部室の方へ向かっているようだ。
途中で、同じジューンベリーで演劇部の生徒に捕まった。しばらく話した後、生徒は機嫌よく去っていき、一方のパシーはうんざりしているような雰囲気を出していた。足を止めて、近くの柱に背をもたれさせて、ため息を吐いている。
絵になりそうな構図だったのに、肝心のカメラがない。先に部室に取りに行けば良かったなあ。
「……ん?」
急に下級生らしき大きさの生徒が、パシーの下に走ってきた。そして何やら話しかけている。
「うわあ。怖いもの知らずだな」
新年度特有の光景だ。また機嫌が悪くなるぞと思っていたら、様子がおかしい。ここからでもわかりやすく、パシーは動揺しているようだった。
何か一年が手に持っているものを渡そうとしているようだが……。
うーん、角度が悪いな。全然状況が掴めない。なんとかちょっと角度を変えると、情報量が一気に増えた。
「ああ、なるほど」
あれが渦中(?)の一年に違いない。
俺は全然知らなかったが、確かに人目を引く生徒だ。今年は想定通り、王子殿下とテューダーが話題を掻っ攫っている。とはいえもっと目立っていてもいいだろうと思えるほどには。
何か色々話しながら、俺から遠い方向に歩き出している。
もうちょっと追いかけようとしたところで、後ろから強く肩を叩かれた。振り向くと同じ新聞部員がいた。
「こんなところで何してんだ! 配布があるだろ、手伝えよ!」
「え、今日は違うだろ」
「通常の学内新聞じゃない! 新年度一発目の特集号だろ!」
あああれか、部長が妙に苦しみながら手がけてきたやつ……。残念だけど追っかけは諦めないと。
しかしあの一年、あんなものどこから持ってきたんだ? 見間違いじゃないよな。




