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暗記テスト


 眠い。


 俺の身体はまだ9時間睡眠からアップデートできてないし、アップデートの告知もされてない。杜撰な経営体制だ。

 おかげで朝ポリッジを紅茶で流し込んでいる最中、あくびを誤魔化すのが大変だった。貴族男子たるものそういうのはNGだからね。


 暗記テストは俺の時間割ではこの後一発目である。


「眠そうだがやれるのか?」


「もちろん」


「武運を祈ってる」


「心配いらないさ。いい報告を持ってくるよ」


 これぐらい、やれないわけがあるまいて。






「素晴らしいワーグナー、見事な朗誦だった」


 背負っているものが違うからな。

 こんな序盤で頓挫したら家督云々どころではない、家系図から存在を消される。そのような心構えでやらせていただきました。


 満足そうな表情の国語教師の元からとことこ自分の席へ戻る。

 俺は無事故で試練を乗り越えた。だが、被害者は出ている。


 やっぱまだ慣れてないから、恐怖と緊張で言葉に詰まるガキンチョも多いのだ。ちょっとでも口が止まると教師がおもむろに鞭を触りだすからサイコホラー味もあるし。

 痛そうに手のひらを庇っているやつがすでに何人もいる。


 前に呼び出された新たな犠牲者を見守っていたら、ガタガタガタという物が小さく震える音が斜め後ろから聞こえてきた。


「?」


 できるだけ頭を動かさず視線を向ける。

 顔色が死ぬほど悪そうなやつがいた。俺は椅子を後ろに少し下げて、前を向きながら声をかけた。


「君、体調が悪いのか?」


「っっ!」


 首の振りも細かい。違うらしい。震えと連動するように浅い呼吸を繰り返している。


「深呼吸できる?」


「……っ」


 無理そう。


「そうだね、まずは大きく息を吐いてみよう。ゆっくりでいいから、吐き切ろう。それから肺がいっぱいになるまで息を吸うんだ」


 後ろから聞こえる呼吸を聞きながら、暗唱しているやつを眺める。山場は乗り越えたようだ。


 前世ネットニュースか何かで見たけど、怒られてる人間が同じ場所にいると当人じゃなくてもがっつりパフォーマンスが下がるらしい。やはりここは助け合いの精神が大事なのだ。上位数名に特典があるとかなら話は違ったが。


「ちゃんと覚えてきたの?」


「……うん、…でも。……」


「なら大丈夫。呼ばれて前に出たら、いつもより背筋を反らす。そしたら貧相に見えることはないし、自然と視線も上がるだろ? 怖い先生とみんなの顔を見なくてすむ。あとは天井の角でも眺めながら自分のペースで暗唱すればいい」


「…君もそうやったの?」


「ああ。案外どうってことなかったよ」


 俺の場合は目の前の教師の生え際を見ていたが。なんか祖父と似てて……。実はホームシックに罹ってたり?






 昼食の時間、大食堂でローストビーフをナイフで切りながらお互いの戦果報告をする。


「危なかった…。夏と言おうとするたびに昨日のあれが脳みそを支配してきて俺は……」


「なるほど、リラックスできたってことか」


 よかったね。


 同室もなんやかんや無事に乗り越えたらしい。それはそれで面白くないな。多少やばいことになってくれててもいいのに。もしや、こいつら優秀だったりするのか? 意外だ。


「そういえばワーグナー、お前パシー先輩と何かあったのか?」


 硬い肉を噛んでいると、ニックスが俺に話題を振ってきた。


「ん?」


「今まであんなに機嫌良かったのに昨日から先輩の態度がおかしいだろ」


「う、まあ……」


「失礼なことでもしたのか? 生意気だって思われる態度を取ったとか、サボったとか。お前に限ってないと思ってるけど」


「そうだったのかなあ」


 よくわからないんだけど、そうだったのかな。いや、そうじゃないかも。でもそうみたいな感じだし。うーん、でもさ、いやあ道徳的に考えてみても……。


 解決せねばとは思っているが、俺のお気持ちは未だ、この噛みきれない肉のようにどっちつかずに歯切れの悪いままである。

 とりあえず概要をざっと話してみるか——。


「まずいだろ。何してるんだ」


「やっぱり演劇部だったんじゃん」


「そりゃそうなる」


「そ、そうなの!?」


 俺の中の道徳など、この場においては硬い肉と同じらしい。


「昼は何か言いつけられてるのか?」


「いや何も」


 俺の返事にざわつき始めた。


「無視だけで済むのか…」「まさか悪化とかしないよな、制裁とかまさか…」「こういう場合の罰則って何があるんだ……」「叩いたり鞭打ちとか……」


 !? 制裁!? 罰則!? 鞭打ち!?


 不穏なワードがどんどん飛び出て俺の耳に入ってくる。俺はチクチク言葉は苦手なのだ。思わず握っていたナイフをぽろっと落とした。カチャンという音がやたら不吉に響いた。


 こちらに向けられたニックスの黒い眼差しが、めちゃくちゃ心配しているように見える。


「そもそもだ、パシー先輩がお前を雑役生にするのやめたらどうするんだ?」


「えっ」


 考えたことなかったが、そういうことってありなのか? 今更!? 今まで散々雑用させといて!?


「今になってそうなったら、お前と先輩の間に問題が起きたってわかりやすいし、そうなるとお前の立場が——」


「ジューンベリーに捨てられたって広まるのはまずいだろ」


「ワーグナー寮替えとかしちゃう?」


 靴磨きさせといてー!? なんて野郎だ。


「でも。どうやって仲直りするんだ?」


「ワーグナーが必死で謝るとか?」


 勉強会のサロンでも寮でもどこでもすごい気まずい関係になってしまう。ニックスたちの反応的に気まずい以外の二次被害がデカそうだ。主に衆愚にバカにされそうなのが悪質すぎるだろ。


「……とりあえず、パシー先輩を探してくるよ」


 俺は席を立った。晴天の霹靂とはこのことだ。まさか——、

 雑役生にするのか、俺以外のヤツを……。



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