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テニス部③


「どうしてそんな寂しいことを考えてたのかな?」


「ご、ごめんなさい!」


 なんかあったっけ。あれ以来見かける頻度が減ったと感じてはいたけど。


「そういえば最近同じ授業のとき、あいさつできてなかったね」


「隠れてたから…机の下に……」


 避難訓練以外で使うことあるんだ。


「ぼくが寮に案内したせいで、ワーグナーくんが…っ! ワーグナーくんが…っ!」


 ロドニーは言葉に詰まり震えていた。おそらく俺が首絞められたことを言っているんだろうが……。


「……」


 正直なところ、重たすぎて面倒臭い。この重量がどこから来たのかも全くわからないし。

 レニングあたりと足して2で割ってくれないかな。親切な同室を飴一個で売る心ない輩どもと、謎なところで責任感を感じて隠れ出す知り合い。ちょうどいいだろ。


「ううっ……、こんなんじゃワーグナーくんの前に立てない…っ!」


 とは言っても、後ろから黙ってついてくるのも違うと思う。

 そろそろ足を動かさないと叱責が飛んできそうなので、適当になだめてロドニーの腕を引っ張って仕事場に戻る。


 そういやこいつ別のところにいたんだっけ? まあいいか。貴重な人員だし。おらっ、俺の分も働け。


 ロドニーは特に反抗せず、俺が渡した仕事用具もぬるっと受け取った。ボールの泥をブラシで擦る手際がスムーズだ。

 こいつ……すでに慣れてやがる……。


 置かれた場所で咲けとは稀によく聞くが、それは本当に正しいのだろうか。泥汚れにぼうっとした眼差しを向けるロドニーの横顔に、ちょっと恐怖を感じる。


「ぼくの不届きな欲にすごく似てる……」


「? へー、内省的だね」


 ロドニーは首をぶんぶん横に振った。

 俺は手に取ったボールを手中で転がした。サボっているわけではない。機を見ているのだ。ちらっと横目で隣を見ると、目があった。今です。


「き——「わ、ワーグナーくんはどうしてここにいるの?」


「入部したからね。君は? テニスが好きだったのか?」


 自分がいいタイミングだと思ったとき、相手もまたいいタイミングだと思っているのだ。


「ううん、ちょっと先輩に誘われて……」


「先輩っていうのは、コンプトン先輩のことかな?」


「! う、うん」


「今日はまだ来てないみたいだけど」


 いい加減、俺もブラシを握って黒いテニスボールをシャカシャカしだしておく。何かしら落ちたと信じて、水の入ったバケツにぽいっとな。


「ワーグナーくんが来た日ぐらいから、ちょっと様子がおかしくて……」


「どういうふうにおかしくなったんだ?」


「……余裕がなさそうでピリピリしてるんだ」


「下級生への態度がもっと悪くなったりした?」


「うーん…ピリピリしてるだけであんまり変わんないかも……」


「そうなんだ」


 特に実害は増えてないならよかった。すでに下限の可能性もあるが。


「うーむ……」


 布で水気を取って隅に寄せておく。綺麗になってる? 遠目から見たら泥団子と変わらんぞ。


「寮を荒らしてごめん。今度からはせめて君を巻き込まない方法を考えるよ」


 こいつ奨学生だったからな。いざとなればここやめて、別の学校行けばいいじゃんとか思ってたけど、それができないタイプっぽいし。


「こ、ここ今度からはって!? 先輩がいるって知ってて入ったの!? 見つかっちゃったら何されるかわからないのに!」


 ロドニーは叫びながら立ち上がりかけた。俺は頑張って抑えたが中腰ぐらいまで行った。このガキ意外と力ある。


「目立っちゃうって」


「うっうう……てっ手遅れだよ!」


 真っ赤になりながらロドニーは座り直した。目立つのが嫌なら叫ばなきゃいいのに。コンプトンの話は一旦やめといた方が無難だな。別のところでしよう。

 そろそろ本題に移りたい。


 しゃかしゃかしながら、決意をこめて息を吐く。よし、


「ところで、その、……——テューダーくんってどうして僕を嫌っているの?」


 俺の全裸遠泳がかかってるので。


「……」


「……」


 隣のロドニーの反応がない。


「………?」


 ちらっと確認すると、口元が小さく動いている。


「……から、…がんばるから」


「な、なにが?」


「ごめんワーグナーくん! ぼくもっと頑張って布教するからね!!」


「ああー! 立ち上がるなって!」


 さっきより反応が遅れて今度は足しか掴めなかった。もう8割ぐらい立ってるんだけど。なんで急に話通じなくなったんだよ。自分の世界でも持ってんのか。


 起爆スイッチのわからないロドニーにはそれ以降無難そうなネタを振ることにした。


「そういえば、昨日もいい感じの曇り空してたね。こう、…灰色って感じの」


「ワーグナーくんはすごく空が好きなんだね」




 ボール掃除の時間がようやく終了するらしい。


 溜まったものをカゴに放り込んでたら、名も知らぬパイセンからこれぐらい汚れてたら捨てろって言われた。

 さいですか。俺もそう思います。


 周囲についてってテニスコートの方に向かう道すがら、俺は引っかかるものを感じていた。

 コンプトンとヴィクトルに対して。


 なんだろうな、なんか見落としているものがあるような……。うーん、なんだこのモヤつきは。胸焼けではないはずだが…。胸焼けといえば、最近スイーツ食べにいけてないな。


 テニスコート周辺はあまり遮蔽物がないせいか、明るい曇り空をしている。ノロノロ近づいていくと、ちょっと見慣れたシルエットを見つけた。



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