大食堂
なんか今週から同室の奴らと昼を食べるようになった。大食堂に向かう廊下で、唐突に集合しだしたからびっくりした。
「ニックスがみんなに呼びかけてた」
訝しげな顔をしている俺に、レニングが教えてくれた。
あの、…なんでニックス君は俺に教えてくれなかったんや……隣の席に座ってたのに……。呼びかけって…。必要だと感じる何かがあったんだろうか、皆目見当がつかないが……。
聞くべきか悩む。聞いて俺が仲間外れだって気づいたらどうしたらいいんだ。
ドギマギしながらトレーを置いて、空いているテーブルに着席する。そしてルーティーンのようにじゃがいも料理にナイフを刺した。
寄宿学校で学食暮らしをして徐々に変質していってることがある。
じゃがいもの捉え方だ。
もしやじゃがいももパンと同じく主食なのかなって。すごくよく見る。肉の付け合わせがじゃがいもなんじゃない、肉がつけあわせ、じゃがいもを食べるための。
そういう気概を感じる。王者の覇気とでもいうべきか。
茹でじゃがをもそもそ食べていたら、レニングが胡椒の小瓶を渡してきた。ふりかけて次に回す。お、食べやすさに変化が。
「ありがとう、賢いな」
「先生とかがいたらできないけど。上級生がくれたんだ」
「寮の先輩?」
「違うよ、たまたま声をかけられて」
「へえ、親切な人がいたんだね」
「ワーグナーのこと聞かれて、色々答えたらもらった」
「!?」
俺売られとる。
「でも、今ワーグナーも使ったしいいよな」
「げほっげほっ」
じゃがいもが喉に詰まってむせた。
事後承諾させられてない!? やり方が悪質すぎるだろ。お兄さんびっくりしました。なんとか水を飲んで咳もろとも流し込む。落ち着いた俺はさすがにレニングを睨んだ。
「ごめんって」とか言ってるが軽い。心がこもってない。誠意を見せろ誠意を。
「怪しい人と関わるなよ」
「……別に怪しくない人だよ」
「一生徒の情報を欲しがるのは普通じゃないだろ」
犯罪の匂いがぷんぷんするだろ。
「新聞部だって言ってた」
それはちょっと怪しい寄りだろ。一緒に座ってた他のやつらも声を上げた。
「おれも話かけられたぞ。眼鏡かけてた?」
「かけてた。…同じ先輩っぽいなあ」
「でもいいな胡椒。おれ飴だけだった」
「トフィーだった」
「マフィンもらった。この前分けたやつ」
預かり知れぬところで安値でたくさん売っぱらわれてた。そのうち原価崩れを起こし投げ売りされ、俺のことなど誰も見向きもしなくなり、忘れ去られていくのだ……。
こ、これが産業革命以後の、精神的な豊かさよりも物質的な豊かさを優先した人間の末路か。
俺はショックで固まったまま、男同士の友情とか絆とか、そういう目に見えないものについて、もはやこの世に現存してはいないのではないかと、幻でも追いかけていたのではないかと……。
「お前ら、先輩とはいえ知らん人に友達のこと話すなよ……。それで面倒なことになったらどうするんだ」
「ニックス…!」
お前だけは信じてた。
「別に心配しなくていいって。どうせ演劇部のネタだろうし。パシー先輩に入部誘われてるんだろ」
「どうして演劇部が出てくるんだ?」
「パシー先輩、君を部に入れたくてずっと構ってるんじゃなかったのか?」
「違うと思うよ。だって誘われたことないし」
「え、嘘だろ」
「わざわざ嘘つかないよ」
ネガティブキャンペーンならされたけど。俺はあれを聞いて心底入りたくないと思いましたね。やりがいがあってアットホームで、部員全員家族みたいで、夢を追いかける仲間がたくさんいる部活がいいですね。
レニングは納得してなさそうだった。当の本人の証言なんですけど。おいおい若いのに頭固いな。そう思って眺めていたら、こちらへ身を乗り出してこそこそ言ってきた。
「入り口の方見てくれよ」
ん? 食堂の入り口? 俺は上体を捻って振り返った。
「人が多いな。でもこの時間だといつも通りじゃないか」
「ちゃんと見ろって」
俺はさっぱりわからなかったので、適当にレニングに話し合わせればいいかと思っていたが、
「ああ、あれか」
言われてもないニックスがわかったらしい。仕方ないのでニックスの視線の方向を意識して目を向ける。
こちら方面に歩いてきていたのだろう、意外と近いところに結構目立つ集団がいた。学年がばらばらそうなのが珍しいのと、おしゃれ感を醸し出しているからかもしれない。
「あそこに巻毛の細い人がいるだろ。去年の演劇祭でヒロイン役をやった二年の先輩なんだ」
「へえ」
横顔しか見れないが綺麗な顔をしているように見える。
「演劇部は毎年、下級生からヒロインを選ぶんだって。だからそういうことだと思ってたんだ」
「初めて聞いた話だな。僕はテニス部に入ったんだけども」
「それはそれでなんでだよ」
「気になっている先輩がいるからね」
将を射んと欲すればまず馬を射よという格言の通り、ヴィクトルをなんやかんやするためには、第一寮を今の所仕切ってそうなコンプトンをどうにかせねばならない。
そのような高い志をもとに入部を決めました。
そしてその大義名分に便乗して俺の首を絞めたツケも払わせたい。
「全然違ったかー」
レニングは頭をかいた。
「にしても、色々物知りだね」
情報通ってどこからともなく現れるが、なり方が謎だ。ジョブ選択に現れたことないぞ。
もう一度目立つ集団に目をやった。下級生だけど、こき使われてるようには見えないな。俺はなんかビビッときた。
「物知りついでに一つ聞きたいんだけど。あの先輩って、もしかして、”ジェーン”って呼ばれてたりする?」
「あー、うん、本名はジェームズらしいけど」
頭の片隅にあった謎がすっきりした。あれは野郎だったわけだ。
「もう一つ聞きたいんだけど」
「うーん……仕方ないな。ワーグナーは全然知らないからな、仕方ないなあ」
弟でクソガキには慣れたと思っていたが、学校生活を送っていると、ことあるごとに思い知らされる。クソガキにも2百種類あるのだ。
十数年久しく忘れていたが、親しくなると舐められるは大抵の場合同義だ。なんでいきなりこうなった? 日曜日の夜から、なんか……。
「その眼鏡の新聞部の人に何て言ったの?」
「……」
「レニング以外にも聞いてるんだけど」
そんなお菓子程度で買収されたやつらめ。仲間意識の脆さを痛感するな。
俺の恥ずかしいマル秘情報を漏洩されてたらどうしよう。
特に恥ずかしいことをした覚えはないが、意識のないときは何をしてるかわからないし。とんでもない寝相とか寝言とかあるかもしれない。一番信じられるニックスは紳士協定しちゃったから聞きづらい。
「「「……」」」
「おい」
視線を逸らすな。
「別に変なこと言ってないって」
「いいことしかいってない」
「お菓子くれたこととかしか言ってない」
いまいち信じられない。
「じゃあ、そんなどうでもいいような答えしか言わなかったのに貴重なお菓子をくれたのか?」
学食ではトフィーもマフィンも出されないのに。すごくお菓子を蓄えまくってる上級生なのか。そいつの寮室虫多そう。……俺も他人事じゃないかも。
「一応ショップで売ってる」
ショップとは?




