ニックス
入寮日、早めに手続きを終えて寮室に入ったら一番乗りだった。
誰もいない部屋にベッドが6台並んでいる。俺のは端じゃないらしい。残念だな。
親父が使っていた古いトランクをベッドに乗せて、鍵を開ける。着替えはできるだけ綺麗なものを選んだけど、ここに入学するような奴の目には貧相に見えないだろうか。
そう考えるだけで少し恥ずかしいし、そんな考えをしてしまう自分を情けないと思う。
「……ふう」
なんでこんな金持ちばかりの名門に入学してしまったんだろう。
開いていた窓に肘をついて、外の景色を眺めた。歩いてきた道は整備されていたけど、寮の裏手は草が自由に生い茂っている。手の抜かれている場所を見て、ちょっと気持ちが落ち着いた。
祖父の代から軍人の家系で、兄一人姉4人の6人兄弟の最後に生まれた。家には数十年来の年のいった家政婦が一人いるだけ。
普通なら、エイデン校なんかに入学するような出自じゃない。俺だって入る気なんか全くなかった。
難しい話はわからないけど、親父の金だけじゃなく祖父の遺産や上官の力添えとかが色々あったらしい。
『これからの時代は幅広い人脈が大事なんだ。貴族、商人、聖職者、弁護士も銀行員もいいな。いろんな奴らと親しくなれ。まあ、貴族なんかは特に気位が高いから難しいかもしれないが』
耳が痛くなるほど言われたが、方法もわからないのに言われる側の身になってほしい。そんな家の子供とどうやったら仲良くなれるんだ。
部屋には人が増えてきた。みんな余裕がなさそうで、声をかけるタイミングが難しい。
見てる限りでは、自分が普段遊んでいる友達たちとは違う種類のやつらだな。じっと見ているのは多分品がないので、俺は片付けた荷物をもう一度確認することにした。
「ニール・ワーグナーだよ。よろしくどうぞ」
「っ」
ゾワっとした。
背後から声をかけられた。数ヶ月自分を指導してくれた家庭教師よりも完璧な発音で。
気づかないうちにドア側の生徒が来ていたらしい。
緊張しながら振り返ると、なんかキラキラしているやつがいた。
開いたまま窓から入ってきた生ぬるい風が、狙ったようにそいつの色素の薄い髪を細かくたなびかせている。すごく姿勢がいい。作りものだってわかるのに嫌味がない笑顔を浮かべている。
こちらに手を差し出す仕草が、妙にのんびりして見える。
洗練されている人とはこういうものなのか? 明らかに只者ではないオーラを発していた。
「……ジョン・ニックスだ」
いつものように喋って、しまったと思った。こいつはすごく貴族っぽいし、気に障られたかもしれない。そう心配したんだけど、
「たぶん歯軋りはしないよ。いびきもない。寝言は時々いう程度。君の睡眠は左からは妨害されないことを約束するよ」
「お、おお?」
なんだって? なんて言ったのか聞き取れなかった。
「出典が必要かな? 家族と使用人からの評価だけど、アンケートは匿名でとったから信憑性は低くはないはずなんだ」
なんの話をさっきからしてるんだこいつは。
「そういうわけじゃないが…。俺も大丈夫だと思う……多分」
「よかったよ」
なぜかもう一回握手をした後、ワーグナーは満足したように離れた。
???
なんだ? どういうこと? 出典って?
横目で見たが、トランクや出てくる荷物は明らかにいいものだった。
今まで親しく接したことないから知らなかったけど、上流階級のお坊ちゃんはこんなにマイペースなのか? いや、教会関係者の可能性はあるのか? にしてはそんなに硬っ苦しい感じはない。
「お互い、変な寝言言ってもスルーしよう。紳士協定だ」
「……わかった」
変なことを言ってくるし……。じゃあ商会の息子かと思うが、にしては雰囲気がありすぎる。
「枕ってこっち向きでもいいかな?」
「いや、だめだと思う」
「くっ北枕か……」
今度は勝手に落ち込んでいる。理由はわからない……。
入学して初めての日曜日の朝。
「……なあ、ニックス」
ワーグナーがちょうどいないタイミングで、ベッドに座っているレニングが話しかけてきた。レニングは帽子工場の息子らしい。同室のみんなは話してみると、いい奴ばかりだった。
行動を起こす前に心配しすぎるのも良くないな。
「ワーグナーって……どっちだ?」
他に寝転んでいたやつらも顔をこちらに向けてきた。具体的な言葉がないが、俺たちの間では通じる。
「どっちだと思う?」
「一緒にいるのにまだわかんないのかよ」
「今はもう考えてないからな。……でも言わないってことはそういうことなんじゃないか? 隣の部屋のやつとか見てみたらさ」
「ああ……」
うちの寮で甲高い声が聞こえてきたと思ったら、大抵シーセットだ。初日から家柄を理由に暴れていた。
「普通は…ああだよな。いや、まああんなにうるさくはないけどさ」
「平民と一緒にされたくないとか、自分から言い出すよな…」
まだ始まったばかりの教室でも、近い階級や境遇のもの同士で集まってる光景はよく見る。
ワーグナーは、どう見ても金持ちにも貴族にも見えない俺といるんだけど……。俺が見ている限り、貴族とかブルジョワの集団に寄ろうとしている感じはない。教室が違うときも、聞くところによると窓辺で教科書を読んでるらしい。
いいのかそれで……?
雑役生の仕事も好んではなさそうだが、サボったりはしてない。時々おぼつかないが、なかなか器用だと思う。最初からほうきとちり取りの使い方もわかっていたし。
高級そうなハーブティーまで俺たちに淹れてくれる。味はおいしくはないが、鎮静効果があるから寝る前とかにいいらしい。お前は飲まなくていいのかと聞いたら、「自分の分忘れてたよ、はは」とか言ってた。そして本当に気にしてなさそうだった。
火のついてない暖炉の前でずっと立ってるのを見たときも思ったけど、そういう妙におおらかというかのんきなところが逆にらしくもあるっちゃある気がする。
どっちだ。
レニングたちに釣られて考えていたら、どんどん深みにはまっていく。
でもなあ、
「親父曰く貴族の子供は気位が高いらしいし、貴族じゃないならわざわざ貴族じゃないって俺たちに言ったりもしないだろうし」
そう考えるとやはり、
「やっぱり貴族じゃないんじゃないか?」
「でもやばそうなクッキーくれたしな」
レニングは舌をぺろっと出しながら、すぐに反論してきた。
「あれ、百貨店でも見たことないぞ。金を出しても売ってもらえないもんもあるって父さんが言ってた」
「お前がたまたま見たことないだけだろ」
「俺がどんだけ本気で見てるか知らないだろー!」
「閉廷閉廷」
「まあいいやつそうだしなんでもいいんだけどね」
「おれは最初から悪い奴じゃないってわかってた」
こいつら今まで遠巻きに眺めていたくせに、食べ物の恩は大きいらしい。一気にワーグナーの好感度が上がっている。
俺もなんでもいいには同意してる。
考えたって無駄だ。結局本人が言わないと答えなんかわからないし。そんなものを気にしてばかりいては失礼だと思う。あいつ本人を見るべきだ。
別に、ワーグナーは目立ちたがったり問題行動を起こしているわけでもないしな。このまま友人として今までと同じように付き合っていけばいいだろう。
と、思っていたんだけど……。




