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東の丘の教会②


「お許しください、そんなつもりはなかったんです。傷つけるつもりなんか」


 自供をここでするな。サツに行け。


 こんなときプロはどうするのかとテューダーを観察していたら、儀礼通りに行いながら、場所と日時と老婆の風貌をさりげなく聞き出していた。

 ホシが出て行ってちょっと経ってから、テューダーは俺を押しのけて告解室の外に出た。


「どこに行くんだ?」


「近くの教会に連絡して、怪我をしたご老人を保護しないと」


 そう言って静かながらも、急いた足取りで出て行ってしまった。

 そして俺は告解室に一人残された。


「……どうしたらいいんだよ。テューダーが帰ってくるまでに逃げとこうかな」


 あいつ怖いし。


 いやあしかし、ガキだからって舐めたらダメだ。浅瀬だと思ってちゃぷちゃぷしてたら、いきなりガクンと深くなることはままある。

 道徳というオブラートで包んだとしても、心の中の猛獣を抑えることはできないのだろうか。生き物に石を投げるな。


「おっと、ぼーっとしてる場合じゃなかった」


 ワーグナーくんだって忙しいのだ。未来の法王といえど、拘束することはそんなにはできんぞ。俺は籠の中の鳥だが自由を諦めてないタイプなのだ。

 いそいそと立ち上がり小部屋の取っ手に手をかけた瞬間、足音が聞こえてきた。そしてその足音の主が角を曲がったのを悟ると、俺はスッと居住まいを正した。


 タイミング悪! 告解室大人気じゃねえか!


 ブラインドされた窓の向こうに新しい子羊が来た。果たして俺に神父のフリができるのだろうか。怯懦がないと言えば嘘になる。100%本心で逃げたい。


「……し、…神父さま………どうか助けてください…」


 声低いし上級生かな。ってことはZ世代か。今度のガキは元気がなさそうでよかった。どうだろうか、夜更かしして授業寝ちゃいましたぐらいのラフな感じだと嬉しいんだけど。早く寝ろぐらいなら俺だって忌憚なく言えるからね。


「んん…」


 咳払いして急いで喉の調子を整える。今の自分に出来る限りの低い声を出さねば。


「ここには私とあなたしかいませんから、安心してお話ください」


「本当に神父さんだけですか? 学校で広まったりは……?」


「しません」


 神父さんではないが、わざわざしょうもないことを広めたりする程度の低い人間じゃないんでね。安心して話したまえ。


「ああ…、安心しました……。実は、友達からあるものを盗んでしまって…」


 夜更かしよりもダーティーだった。


「でもまあ、盗みぐらいはよくあることじゃないですか」


 そ、そうなの?


「バレてないって思ってたんですが、友達は気づいていたみたいで……」


「ははあ」


「それで脅されてしまって……」


「なるほど。何を盗んだのか話せますか?」


「服を」


「……」


「たった一着盗んだだけです」


「なぜ盗んだんですか? 着たかったとか」


「は? あんなの入るわけな——……っっい、いやそんなのはどうでもいい…」


 ところでなんかさっきからちょっと、この声聞き覚えがあるような気が。


「もう使わない服だったのに、急に返せって言ってきて……。それで……勝手にうちを荒らした挙句、わっざわざ大勢いる前で脅すみたいに! あんな一年が!! 何も知らずに調子に乗った馬鹿が!!」


「!」


 盗人は話しながら勝手にボルテージが上がり、ついで声が裏返ってきた。

 めちゃくちゃ聞き覚えが出てきた。ちょ待てよ。コンプトン先輩じゃないか? 俺はうっかり変な悲鳴をあげそうになって、手で口を押さえる。


「? なにか言いましたか!?」


「げほんっ、いえ何も」


 あぶねー。ひー、バレたら今度こそ首グイグイだけじゃすまないだろう。ポキとか出てくる。

 コンプトンはニックスのクリケット先輩ほどムキムキではないが大柄だ。俺の首を片手で掴んでぶらぶらさせる絵面は安易に想像がつく。


 俺は混乱と恐怖の最中にも、クレバーに状況を打開しようと努めた。


「な、なるほど……生意気な一年がいたわけですね」


 混乱と恐怖が勝った。


「生意気って言った…? 神父さまが?」


 ぼそっと向こうから小さく聞こえてきた。いきなり正気になるなよ。


「あなたの心の話です。”あなたが”、その一年を生意気だと思ったのではないですか?」


「……確かにそうですね、生意気だと思いました。でも、どうして」


 セーフ。


「主はあなたがここで、自分の心に正直に告白することを望んでおいでです」


「……。……でも生意気というか、無知なのが腹立ちます。規律に鈍感で、そのくせに恵まれているおかげで痛い目を見ずに済んでいる……」


「その愚かさが癪に触ったわけですね」


「はい…ああいうやつは大嫌いです」


「嫌う気持ちはわかります」


 俺は自分への陰口を真正面から聞くどころか、アシストしてる不思議な状況を体験している。


 しばらく続けると満足したらしい、


「はあ…話すと楽になりました」


 話されて楽にしてしまった。ちなみに俺はもやもやしてる。


 というか、どうやってこの告解終わらせたらいいんだろうか。終わらせ方わからん。壁にやり方でも貼っといてくれよ。なんかそれっぽく言えばいいのかな。

 俺は気合いで自分の記憶を掘り返した。


「盗みを働いたことを神に懺悔し、5回祈りを唱えましょう。さすれば、主はあなたの罪を許すでしょう」


「神よ、感謝します」


 そうして推定コンプトン先輩は告解室から出て行った。


 軽く許してしまった。いいのか、窃盗を許して。俺は今、犯罪者を野に解き放ってしまったわけではあるまいな(?)。犯罪幇助みたいな罪名あったりしない? 


 俺が昔親に連れられて行った教会で告解したことは、ピクニックでケーキを落として蟻の餌にした、ぐらいのことだったから祈るぐらいで償えたけど、窃盗はダメなんじゃないか。しかもあいつ反省してないっすよ。

 いいんですか主よ。


「まあ、してない方がいいかもな」


 俺がテニス部入部をさっき決めた理由はコンプトンが部員だからである。このタイミングでやつと接触したのは、おそらく神の啓示によるものだろう。


 この時間帯に上級生がぶらついてるのは珍しい。今から外へ出るのも微妙な時間だ。俺は第一寮の場所を知っているので、先回りすることにした。


 第一寮の入り口が見える隅っこを探して潜んだ。ちょうどいい感じに植木と塀が障害物になっている。

 道なき道を進んだせいでズボンについたひっつき虫をむしりながらしばらく待っていると、教会のあった方向からコンプトンが歩いてきた。


 そのまま寮に入ったのを目視して、俺も建物の裏を見える位置に回る。コンプトンは五年だから最上階に部屋があるはずだ。念のため位置を確認しておきたい。何かに使えたりするからな。

 背の高い雑草の中を泳ぐように進んで、全体が見えるような場所を選んだ。


 もう暗くなってきたし、部屋に入るとランプをつけるはず。このタイミングでついた部屋がコンプトンのだってわかる寸法なんだけど。


「……つかねえな」


 おい、どこで油売ってんだ。さっさと部屋に戻れ。やることがあるだろ。

 ここにいたくないんだけど、さっきからひっつき虫に逆襲されてるんだけど。気づかぬうちにむしった倍量に塗れていた。嫌すぎる。


 姿も見えぬコンプトンにイラつきながら待っていると、4階の一室がぼやっと明るくなった。ほーん、ここがあの女のハウスね。

 でもそれよりも一番端、ヴィクトルの部屋は暗かったが、窓が少し開けられているのが気になった。



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