東の丘の教会
夕方、俺はテューダーとの約束の地へ赴いた。校舎から東の丘に立っている小さな教会。
扉が閉じられていたので、やつが約束を忘れていることをこっそり期待していたが、無駄だった。押せば思ったより簡単に開いた、くそ。
石造りで窓が小さいせいか、差し込む夕日は絞られて、重苦しい印象がある。敬虔な信徒であるならば、厳かという表現を使うべきかもしれない。厳か。
身廊の先、祭壇のそばにテューダーが一人で立っていた。
「ああ……」
吐いた息がかすかに声帯を揺らした。俺はつくづく思う。
子供は元々好きではないが、その中でも可愛げのないガキは嫌いだ。なんか論破してきそうだから。俺より頭がいいとかダメです。レギュレーションを遵守してください。
ところで、本当にちょっと、誰かいないのか。テューダー以外に。
「不審がらなくていい。この時間帯は誰も人がこないから」
「そ、そうなんだ。だからこの時間にしたんだね」
不審じゃなくて不安なんだよ。人が来ない? 一体何をさせられるんですかね……。
不安は的中した。
俺は告解室に強制入室させられた。
網のついた窓のおかげで、向こう側に座っている神父の姿は見えないが、テューダーだとわかっているので意味がなさすぎる。
「——神は汝を見守っておられます。なればこそ、この場で罪を正直に告白することを誓いなさい」
「……」
神よ、俺はこのシチュエーションから現実逃避をしたいです。
神というのは俺にとっては絶えずややセンシティブな存在である。実在を信じるか否か。前世よりは信じているけれど、よくよく考えれば前世の記憶を持って生まれてきたという事象に、神が介入したからだ、と考えるのは早計な気がする。
俺の前に姿を現して説明したならともかく、そうでもないのなら、この事象を神の実存に結びつけるのは、認知バイアスとか錯誤相関とかになってくるのではないか。たまたま記憶持って生まれただけの人間に、自分の仕業だって思われたら神さまだってびっくりしちゃうだろ。もしかしたらこの記憶だって捏造かもしれないのに。
うーむ神いない気がしてきたな……。
よし、俺の言動を一部始終把握している存在はいない!
シチュエーションはともかく、テューダーへの弁解もとい予習はばっちりしてきたので怖くはない。
「……君のいう罪とは、勉強会で僕がすこし食べすぎていたことかな?」
「違う。お前の中の自己欺瞞についてだ、ワーグナー」
「じ、じこ、自己欺瞞……っ!?」
字強! こええ! 思ってたんと違う!
「なんのこと」
「第一寮での出来事を、まさか忘れているとでも言うつもりか?」
「え、えっと……」
使いパシリをしたぐらいだと思ってたけど。
告解室って己の罪を自発的に告白する場所のはずなのに、神父側がガンガンくるじゃん。
「何も反省する心がないのなら、君の心はすでに神の御許から遠く堕落しているということか」
なんかやばそうな言葉を言われてないか。俺は唾を飲み込んだ。多分イエスって言ったらしばかれる。
「そんなことはないよ! ただ、ちょっと、は、反省する心、というのは……」
「じゃああの時、虚栄心も後ろめたく思う気持ちは何一つ生まれなかったと?」
「???」
俺は頭を抱えながら器用に首を捻った。後ろめたく…? 何があったっけ?
「!」
もしや、あれか!
「……本当に、どうしてわかったんだ」
「神は全てを見ているということだ。……はあ、なんでこのような人間を持て囃すんだか」
「友達が火を起こすのが得意で、ちょっと嫉妬したことを……」
ぐぬぬ。
俺の浅はかな感情が看破されてたってこと? 神すげぇ。いるかも。
「は?」
ガチャ、ギィィ——。
テューダーが何か小さく言ったように聞こえたが、入り口から聞こえてきた耳に響く蝶番の音にかき消された。
人来ないっていっただろがい!
俺は反射的にぬるっと告解室の小部屋から出てしまった。
だってこんなとこ入ってたの見られたら、俺がなんか悪いことしたんじゃないかって思われちゃうじゃん。定期的に告解をやる奴は結構いるけどさ、匿名性は保たれて欲しいだろ。
足音は止まらず、こちらに近づいているように聞こえる。
正面から見えない位置にあるとはいえ、曲がったらすぐ鉢合わせになってしまう。逃げ場はない。反対側は行き止まりだ。唯一の突破口は……! うおお南無三!
異教の言葉を心中で叫びながら、テューダーの入っている方の部屋に転がりこんだ。
パタン、できるだけ小さな音で扉を閉めた。
「!? 君、何をして」
「告解したい人が来たみたいだよ」
「……!」
テューダーは意外と空気を読めるらしい、足音に気づいて静かになった。ただ、なんかめちゃくちゃ物言いたげな目つきで睨んできてはいる。
「……」
「……」
嫌な沈黙だ。もしや、この足音の主が告解室をスルーしたら、このまま詰られるんじゃなかろうか。最悪な未来に震えていたが、さっきまで俺のいた方の小部屋が開けられてことなきを得た。
ごそごそと衣ずれの音。それから備え付けの椅子に座る音。落ち着きのなさが伝わってくる。仕切られた窓の向こう、もごもごとした沈黙の後、うわずった声で話し出した。
「ああ、神父さま……。お、おれ…いえ、私は罪を犯しました…。どうしたらいいのか…」
俺は息を潜めた。よく考えなくても司祭とかじゃないからこっち側にいるのまずかった気がする。透明人間にならねば。
「主は見ておられます。真実を隠さず話してください」
テューダーはさっきまでより低い声を出した。おお、こういう小手先の技はさすがにするんだな。
「私は先日、友を裏切りました……」
ほお、裏切り。
「友達の分のソーセージをこっそり自分の皿に移して食べてしまいました。お、お腹が空いてて……」
「…それだけですか?」
「じ、実はいつも肉が多い皿を取ってました。それだけですっそれだけ」
「心の底から反省していますか? もう2度とやらないと心の底から誓えますか?」
「もちろんです!」
「ならば共に祈りましょう。主はあなたをお許しになられます」
一連の禊ぎを終えた後、名も顔も知らぬ生徒はうきうきと部屋を出て行った。
「……ふう」
「お疲れ」
一仕事を終えたテューダーが、額にハンカチを当ててため息を吐いた。
そばで見ていた所感としては、思ったよりも肩が凝りそうな仕事だなあという感じ。どんな内容の告白でも、呆れたような雰囲気を出してはいけないのだ。厳かな雰囲気を崩してはいけない。
俺にはちょっと向いてないかもしれない。
しかしながら、この年頃のガキって何考えてるのか俺には全然わからないので、理解を深めるいい機会だな。
12歳想定のロールプレイをいつも頑張ってしてるけど、不相応なインテリジェンスさが滲み出ちゃってるときが絶対あるからなー。やっぱ子供のフリって結構辛いし。
「さて、ワーグナー。先ほどの話の続きを——」
——バタン!
「神父さま! お許しください!」
「……」
「……」
めっちゃ来るな。俺的には助かるが、この学校には迷える子羊が多いようだ。
このままα世代の知見でも深めておきます、か。
「外出て遊んでたらしつこい老婆に絡まれて石投げて追い払ってたんですが、頭に当たって動かなくなって……怖くて逃げてきました……」
気を抜いてたら急に刺してきた。




